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Father O'HartとMoll Magee

学校

今日のイェイツ研究会はバラッド2つで,1つは神父のお話,もう1つは誤って子供を殺してしまった過去のある女の語るお話だった。しかしバラッドはバラッドでも,ずいぶん小ぢんまりとしているものだ。ここのところ例のバラッドしか読んでいなかったし(水の精が浮気男を湖に……),2番も前に書いた通り,ロシア軍がリトアニアに攻めてくるというとんでもないお話なので,形式は同じでも,同じバラッドとは思えぬ地味な感じだった。じんわり良いのだけど。
しかし23歳を目前に控えて絶望したのは,2つめのバラッド,The Ballade of Moll Magee(モル・マギーのバラッド)について議論していたとき。上述したとおり,このバラッドは誤って子供を殺してしまったモル・マギーという女の独白であり,根底には「嬰児殺し」という中世的な主題も見え隠れする……という話をしていたのだが,私はそこで「でも嬰児殺しって,グレートヒェンの例にもありますけど,すごく重い罪じゃないですか。ここで書かれている子供の死に方も,寝ている間にお母さん(モル・マギー)が上にかぶさってしまって窒息死なんていう,どことなく間引きを連想させる感じなんですけど,でもあんまりモル・マギー自身に罪の意識が感じられませんよね」と発言したのである。すると,出席者の別の女性の方が「でもこの詩,私は読んでてすごくかわいそうだなと思いました。疲れて寝ちゃったら子供の上に覆いかぶさっちゃって,子供が死んじゃって,夫にも追い出されて」と言った。よくよく読めば,この詩自体,このモル・マギーという女性が(おそらく物乞いのような境遇になったのだと思うが),道端でそのへんにいる子供たちを集めて,その子達が自分に石を投げてくるのにも関わらず,身の上話をするというストーリーであり,罪の意識がないわけはないのだった。それを私は,あろうことか,同じ女性の身でありながら,嬰児殺しをしてしまった作中人物に対して「罪の意識がない」などと冷酷無比なコメントをつけてしまったのである。ここへきてまさかのサディスト露見。しかもそれは,「かわいそうだと思った」と発言した女性の方とのコントラストにより,余計際立ってしまった。あああ。後から6人の読書会メンバーのうち4人で話していて,私の発言に関して「裁きを下している感じだった」という,なんとも不名誉なお言葉をいただいた。でもほら,裁きを下すドSな女性と言えば,『ヴェニスの商人』のポーシャの例もあるし……ダメだ,自分で自分にショックすぎる。もう,黙して語らず路線で行こうかしら。沈黙は金と言いますし。
それから私は駒場の図書館で,史学雑誌の回顧と展望(近代イギリス)を30年分コピー。30年分もコピーすると,研究潮流が嫌でも見えてきて面白い。そして,結構な最近に出ていたらしいパーネルに関しての邦語論文を見落としていたことに大ショックを受けたのであった。しかもこれ,回顧と展望に出ているくらいだから余程話題になっただろうのに。卒論でパーネルやって,この論文知りません,だなんて恥ずかしすぎるから,可及的速やかに入手して読もう。