読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

語り継ぐ人もなく

余暇

瀬戸大橋の近くで育ったせいか,はたまた高層ビルとは無縁の田舎で育ったせいか,物心ついた時からとにかく巨大な人工物を見たり,その建築の経緯をたどったりするのがとても好きである(フロイトさんによればphallicismらしいですね)。ちなみに高層ビルに関しては,上階から下を見下ろすよりも,下から見上げるのが楽しいタイプであって(西新宿を歩く際が一番興奮する),だから台北101に上れなかった時もさほどダメージはなかった。「巨大な人工物」の中では,建築物なら橋梁とかダム,空港やコンビナートが最もよい。ビルはむしろ,一般的に好きな程度である。閑話休題,昨日今日はもちろん「黒部の太陽」を見ていた。黒部ダム行ってみたいよう。ひとみちゃーん。
いかにも開局50周年記念番組といった趣の,これでもかとかき集められた豪華俳優陣で勝負している感じのドラマだった。出来自体は,正直言ってあまりよくなかったような気がする。これでますます,「プロジェクトX」最高傑作の誉れ高い黒部ダムの回を愚かにも見逃したことへの後悔が募った。悔やんでも悔やみきれないので,そのうちDVDを借りてこようと思う。
唯一印象に残ったのは,山崎樹範演じる現場の事務員が,新婚の妻の臨月に際しても出産に際しても山を下りて付き添おうとしなかったことで,姑から離縁同然の申しつけを受け,どうしても娘に帰ってきて欲しいなら今の仕事を辞めてこいと言われ,現場の事務員だけでなく会社そのものを辞めると言い出し,現場の上司達が「なにも会社を辞めなくても,どこか別の部署に移るとか」と必死で宥めるシーンで,「工事がこんなにも難局を迎え,みんなが苦労している時に,自分一人が山を下りながら,おめおめと会社に残るようなことはできません」といった旨のことを言っていて,ああそうかそうなんだ,と納得した思いだった。何を納得したって,特に何もそこでやらなければならないことがあるわけではないのだけど,でも仕事,部活等々がどうしても休めない,俺がいなきゃいけないんだ,と言う男性の心性*1。その日でなきゃいけないことがあるのか,あなたが何かやらなければならないことがあるのか,と聞くと,別にそういう特別な事情があって休めないわけではないけれども,でも俺がそこにいなきゃいけない,という理屈。正直言って,今までサッパリわからなかったのだ。社会も組織も,1人が欠けたってどうということはないように出来ているのだ。それを「俺がいなきゃいけない」って,ちょっとあんた,自分のこと買いかぶりすぎなんじゃないの,とか思う時も,男性と話していて何度となくあったのだ。彼氏に対してそういう不満を持つ女の子たちと,そういう話題で盛り上がったことも何度となくあったし。要するに,休めないんじゃなくて,休みたくないんでしょー,ブーブー,と。で,今回の事務員さんも,姑にそういう理論でなじられていた。いくら忙しい,休めないと言っても,一介の事務員が1日も休めないわけないでしょう,と。
でも今回,その事務員の言葉から,「休めない」心性に関しても少し理解できた気がした。仕事のあるなしに関わらず,周りの人たちが忙しくしている時に,自分だけ仕事が終わったからと帰る/休むわけにいかない,と。なるほど,要するに「後ろ暗い」ということか(少し語弊はあるかもしれないが)。
まぁしかし,この事務員さんは,事務員とは言え自分も世紀の大工事の一端に関わるのだからという覚悟があってとても立派だと思うが,やっぱり一般的な「休めない」心性に共感することはできないと思った。これはよく話題にのぼる「仕事と私どっちが」の二者択一是か非か,という議論にも通じるものであるような気がする。畢竟するところ,やっぱり優先順位の問題なんじゃないか,それは。「比べるなんてできない」という答えは逃げであって,奥さんに「自分がないがしろにされている」と思わせるほどであるということは,結局その人にとっては「仕事」が「私」よりも大事なのだということじゃないのか。だって「仕事も君も大事だよ」という言葉通りなら,「仕事」も「私」も両方大事にする手だてがいくらでもあるはずですもの。公が私を圧迫するという事態は,やっぱりその人のキャパシティの狭さを示しているとしか思えない。「仕事と私どっちが」と迫られたら,「そんなの比べられない」だの「もちろん君だよ」だの「両方大事だよ」だの口先だけの綺麗事を並べ立てるよりも,潔く「今は仕事が大事だ」と答えればよいのだ。ないがしろにしてしまっているなら謝るが,でも今は仕事を大事にしなければいけないのだ,と。そうすれば「休めない」という理屈にも説得力を付与できようというもの。女性だってそんなに感情的なわけではない。自分の仕事自体は大変でなくても後ろ暗いから休めないのなら,その事情を説明した上で,「したがって今は仕事が大事だ/大事にしなければいけないのだ」と答えればよいのだ。
と,こう書いてきたけれども,どっちがいい,というわけでもないと思う。少なくとも私はこう考えます,という解の一例と受け止めてくだされば,幸いです。黒部ダムの話から逸れに逸れて軌道を修正しようともしていないことは,筆者自身がよくわかっております。
ああそうそう,この「黒部の太陽」で描かれる建築会社「熊谷組」は,台北101の施工を行った会社なのだとか。意外なところで話が帰結いたしました。おおお。

*1:「男性」と書いたのは,私の知る限りこういうことを言う女性はいないからです。