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アンジェラの灰

映画

アンジェラの灰 特別版 [DVD]

アンジェラの灰 特別版 [DVD]

貧乏なのに子だくさんな家庭,わずかな手取りも酒につぎ込む不甲斐ない父親,カトリック教会の強さ,雨,This is Ireland!!というエッセンスがなみなみと注がれた映画であった(なんて言ったら袋だたきにされるかしら)。最近でこそ『あの日の指輪を待つきみへ』やら『P. S. アイラヴユー』やらが立て続けに公開され,まるでアイルランドロマンティックな純愛の聖地であるかのように思われているところも多いけれども,やっぱりアイルランドを舞台にするなら,こうでなければ!と私なんかは思ってしまう*1
アイルランドものでよくある父親像のパターンは,ただ酒を飲むだけではなくて,金を使い込む,挙句の果てには家族に暴力をふるう,というもうどうしようもない破綻した父親なのだが,この『アンジェラの灰』の父親は,酒癖が悪いだけで,普段は妻を愛していたり,子供に面白い作り話を語って聞かせることもあったりと,一概に「いない方がマシな最悪の父親」と言い切れないところが何とも言えずやるせなかった。しかしわずかな給料や失業手当まで酒につぎ込んだり,とにかくルーズですぐに仕事をクビになったりしていては,どれほど家族を愛していようと,単なる穀潰しであることに変わりはない。しかもこの北アイルランド出身のお父さんは(それだけで妻の家族には冷たくされている)妙に気位が高く,赤貧洗うがごとき生活なのにもかかわらず,道路に落ちている石炭を拾うような真似をするなと言ってみたり,ノータイは男を卑しめると言って工場労働にも関わらずタイ着用で出勤してみたり,それが悪いわけではないが優先順位間違っているよね,というお父さんなのだ。悪気はないのだけど,でも結局稼げないことには意味はないし,父親としての責任を果たしてもいないから,妻にもなじられるし,子供達も複雑な顔をして,本当は大好きな父を見る。もうこれが,かわいそうでかわいそうで。ギネスはアイルランドの誇りなどではなくて,悪魔の飲み物である。
フランクが10歳になったあたりから物語の進み方がいきなり速くなって,少し戸惑った。映画を見て,堅信礼を受けて,チフスにかかって,シェイクスピアと出会って,恋もして,大人になっていく……という流れ。フランク10歳以降,つまり父が出奔してしまって,貧困にただ翻弄されるのではなく,これまでよりもっと自分で考え,自分で道を切り拓かなければならなくなる。しかしそれは自由を得るというための第一歩でもあって,生活は全く改善されたりはしない割に,フランクの人生に一筋の光明がさしてくる。冒頭で,貧困のためやむを得ずニューヨークからアイルランドに移住したマコート一家だが,今度は自分で自分の人生を切り拓いていくために,フランクが一人,自分の決断でニューヨークへと渡る。この行き来はそれなりに希望を持たせてくれるものではあるけれども,一方でアイルランド全然だめじゃん,とも思ってしまったりした。この作品/映画では,アイルランドにおけるカトリックの存在感というものがひとつの重要な局面をなしていて,これが理解できなければ特に,きっと消化不良な映画になり得てしまうんだろう。ユーモアも多くはカトリックの重みの描写に現れるし(「裏庭に吐いてしまった主(=聖体拝領のパンとワイン)をどうすればいいですか」とわざわざ懺悔に行ったり,自慰をするたびに,これも律儀に懺悔に行ったり)。
しかしながら,もっと重い,ずーんとした映画かと思っていたが,予想以上によかった。おそらく「ずーん」としていたのは,アイルランドのしかも近現代史を研究しておきながら,『アンジェラの灰』すらまだ見ていないという私の心の枷によるものであったのだろう。よし,この調子でどんどん消化して行こう。次は『マグダレンの祈り』かそれとも『麦の穂を揺らす風』か。ああ,父が録画してくれた『Once ダブリンの街角で』があるから,それをまず見よう。うん。
ところで,トレイラーを載せようかとも思ったのですが,ちょっとトレイラーがあまり映画の本質を示すものではなかったようだったので,やめました。実際の映像は,どうぞDVDを借りてご覧ください。

*1:ちなみに『トリスタンとイゾルデ』もアイルランド絡みの話ですし,『タイタニック』にもアイルランド移民の描写がかなりあります(そもそもタイタニックが造られたのはベルファストなのよ)。そのへんもぜひ,ご存知なかった方は頭の片隅に入れておいていただければ,さらに「アイルランドロマンティック」のイメージが固定されてよろしいかと存じます。