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GOEMON

映画


ひさしぶりに試写会に当たったので,まほちゃんを誘って見に行った。
私は『CASSHERN』を見ていないので,したがって紀里谷和明はこれが初体験だったのだが,独自の世界観にくらくらしてしまった。さすが映像作家は違う。描かれているのは確かに安土桃山時代だし,ストーリー展開も特にこれと言って独自性はなく,陰謀がめぐらされた乱世でそれぞれの理念を胸に忍びが暗躍,という世界観は実に半世紀も前に司馬遼太郎が『梟の城』で提示した,いわば使い古されたものなのだが,とにかく映像の斬新さによって,まったく新しい,パラレルワールドのような世界に作りかえられている。
なんというか,この紀里谷さんという方は,「恐れない」方なのだなぁ,と思う。歴史映画に対して投げかけられる批判のもっとも多いものに「史実と違う」があり,私も下手に歴史学に片足突っ込んでいる以上,むやみやたらと歴史をドラマティックにフィクション化することはよくないとは思っているのだが,しかし「史実と違う」という批判に関しては「そりゃ,映画だもん」と言いたくなることも多い。ただこう言われるのには,歴史映画の方にも問題はある。史実と違うことを描いているのはもちろんとして,おそるおそる「いかにも」「それっぽい」映画を作ってしまうから,歴史家の逆鱗に触れたりするのである。じゃあまったく「それっぽくない」映像を作ってしまおう,というのが紀里谷さんの狙いなのじゃないか。そしてその術中にまんまとはまってしまった気がする。遊郭ではミニスカートのダンサーが踊っていたり,戦で用いられる鎧兜がなぜだか西洋式のそれ(つまり「甲冑」)であったり,茶々の衣装がエリザベス朝的なドレスだったり,なるほど,信長は南蛮かぶれだったもんねぇ……というレベルのものではないのである。しかし不思議なことに,その滅茶苦茶さと,物語との相性がいい。かと思えば,楽市・楽座の導入(つまるところ古典経済学的市場原理?)による繁栄の裏に広がる貧困・格差の問題など,きっちり押さえるべきところは押さえていて,才あふれていつつも,根はごくごく真面目な人なんだろうなぁと思ったり。独創性は基礎なくして生まれません,まったく。ストーリーも,登場人物だけ見た感じでは安土桃山オールスターズ全員集合といった趣で,大丈夫かこれ,また単なる陰謀史観じゃないのかと危惧してもいたが,ものすごくうまくまとめた感じ。
公開前のモラルから詳細には触れませんが,見ごたえがあって面白い映画である,とだけは申し上げておきます。やっぱり才あふれる人やその作品というのは,本当に憧れますね。近々『CASSHERN』も見てみよう。ただこういう作品を作る人っていうのは,たぶんものすごく変わっているのだろうから,宇多田が離婚したのもわからなくはない。作中では,中村橋之助の舞い謡う「敦盛最期」が必見。もう私なんて,思わず,スクリーン相手にも関わらず,「成駒屋!」と掛け声を……かけませんでしたが,かけたくなりました。要潤の演じる小物な石田光成もなかなかのものなら,奥田瑛ニのリア王っぽい秀吉も素晴らしい。伊武雅刀の家康はもはやそのものという感じ,ただし当然ながら,「敦盛最期」は中村橋之助に遠く及ばないが。そして何より,霧隠才蔵の青年時代役は私の永遠の弟(って何よ),佐藤健くん。個人的に大沢たかお(成人後の霧隠才蔵)も好きなので,もう困っちゃう感じです。困らんでいい。
そういえば今年は同じく忍者モノ『カムイ外伝』も公開だわ。忍者に対する日本人の美意識を再確認するとともに,この日記にも何度も書いている通り,いよいよ戦いも最終章を迎え,壇ノ浦へという段になって「これ,もう無理じゃね?」と平家を裏切り土着した落ち武者の家系が多いと聞く*1瀬戸内海沿岸で育った私は,余計に忍者に対する憧憬を深めるばかりである。

*1:あくまで「聞いた」ことなので,どのくらい確かかは不明。しかし藤戸,屋島など古戦場は近場に数多いし,本当の話でも何ら不思議はない。そしてもし本当だとしたら,土壇場で裏切るなんてもう,同じ「裏切り」の中でも最もタチの悪い裏切り方であるように思える。