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マッチポイント

映画

マッチポイント [DVD]

マッチポイント [DVD]

この映画が公開された頃,私はスカーレット・ヨハンソン嫌いの最高潮にあり,なにさあのクチビル小娘!と毛嫌いして見なかったのだが,最近ヨハンソン女史が大好きなこともあり,加えてGEOが旧作100円レンタルをやっていることもあり,ついに見てみた。なお,見るまで知らなかったのだが,脚本・監督はウディ・アレンであった。『それでも恋するバルセロナ』をちょうど見たところへ,なんとタイムリーな。とは言え,実はこのDVDを借りる時,「エロティック・サスペンス」という大仰な名前の棚の前で『ラスト,コーション』にするかこちらにするか迷ってこちらにしたのだが,あまり期待せずに見た割にとてもよかった。今回もウディ・アレン流の皮肉が効いていた。

主人公クリス・ウィルトン(ジョナサン・リーズ・メイヤーズ)はテニス選手の道を諦めて,ロンドンの会員制テニスクラブでテニスのコーチとして勤め始める。そこでクリスの生徒になったトムは企業家ヒューイットの御曹司であり,クリスが大のオペラ好きだとわかると家族の桟敷席へ招待するが,そこでクリスはトムの妹クロエに一目惚れされてしまう。クロエは結構可愛いのでクリスは快く付き合ってみるが,するとあれよあれよとヒューイット家のお気に入りになり,ホームパーティーに招かれるように。するとそこで出会ったのがトムのフィアンセで女優志望のノラ・ライス(スカーレット・ヨハンソン)。クリスは初対面で美しいノラに惹かれ,なんと初対面の女性に「君は官能的な唇をしている」との肉食系な賛辞を投げる。クリス,純朴なアイルランド坊やに見えて,その実は結構な野心家なのである。
ここで少し中断。クリスは最初からノラを口説こうとしていたわけではないにしろ,賛辞としてはこの言葉は三流であろう。少なくとも私がノラなら,「あー,はいはい」と思うだけである。唇が明らかに魅力的な人の唇を褒めたところで,何も記憶には残るまい。
話をもとに戻して,ノラにどんどん惹かれるクリス。自分の恋人クロエと会っていても,それは自分+クロエ+トム+ノラのダブルデートを期待してのことで,時にはわざわざダブルデートをセッティングしたりする。アイルランド出身のクリスとアメリカ出身のノラは,ロンドンで単身がんばっているという点でも気が合う。しかしクリスはクロエの口利きでヒューイット社長に雇われることになり,重役にまで昇進する一方で,ノラはトムとクロエの母エレノアに嫌われている。ある週末を別荘で過ごした時,エレノアがノラに「芽も出ないのにいつまで女優の夢を追うつもり?」という暴言を吐き,ノラは別荘を飛び出してしまう。クリスはノラを追って飛び出し,雨の中2人はついつい一線を越えてしまう(それがこのシーン)。

その後クリスはノラが忘れられずたびたび口説こうとするが,理性派なノラはそれを突っぱね続ける。仕方なくクロエと結婚するクリス。しかしその結婚の直後トムとノラは破局する。ノラは一瞬ロンドンから姿を消すが,その数か月後,クリスとノラはテート・モダンで再会。ついに2人は不倫関係に陥る。さて,その後こそが面白いので,ここでは伏せます。

一番強く感じたのは「こんな話だなんて知らなかった!」ということであった。どうもその頃のマスコミがスカーレット・ヨハンソンを魔性の女に仕立てあげていたようで(そして私はそれに踊らされていたようなのだが),どのトレイラーを見ても「放埓なノラに誘われるがままついつい身をゆだねてしまうクリス」みたいな印象だったのだ(だから今回もトレイラーを載せませんでした)。確かにノラは「魔性の女」ではあるが,ノラに一目で惹かれてしつこく迫ったのはクリスの方だし,ノラは純情と言ってもいいほどであった。しかしウディ・アレンのブラックユーモアは面白い。星新一のショート・ショートのような。それを2時間強に伸ばしながら,まったく退屈させない手腕には本当に恐れ入る。この話はかなり『罪と罰』を下敷きにしているが(クリスはドストエフスキーを愛読し,割とインテリである),ちょっと『赤と黒』も彷彿させると思った。最初は欧米版『不信のとき』だと思いながら見ていて,実際に途中まではまさにそうだったのだが,ケリの付け方が全くもってそんな生ぬるいものではない。とりあえず私は,何があってもどれほど燃え上がっても,決して「二号」にはなるまいと震え上がった。
みなさまぜひ見てください。繰り返しますが,かなり面白かったです。ちなみにこの映画をアイルランド史的に見てみますと,アイルランド(クリス)とアメリカ(ノラ)が結託して物質的なイギリス(ヒューイット家)に対抗しようとするが,結局アイルランドはアメリカのような完全分離独立を目指すこともできず,生ぬるーくイギリスの恩恵にあずかれるという今の立場を捨て去ることもできず,結局今のような中途半端なあり方におさまっているという象徴であるように見ることも……できません。しかし最近映画を見るたびに修論だのアイデンティティだのアイルランドだのが出てくるのは,恐れ多くもウディ・アレンが私に勉強するよう言ってくれているのだろうか(違う)。
少し疑問なのは,クリスが冒頭で『罪と罰』を読んでいて,そのしばらく後にCambridge companion to Dostoevskiiを読んでいたこと。字幕では「ケンブリッジドストエフスキー入門」となっていたが,このケンブリッジコンパニオンシリーズ,「入門」というには少々専門的すぎる論集なのである。私はてっきり大学生か研究者しか読まないものと思っていたが,本国では市井の人々も手に取るような本なのだろうか?

The Cambridge Companion to Dostoevskii (Cambridge Companions to Literature)

The Cambridge Companion to Dostoevskii (Cambridge Companions to Literature)

ついでにこの映画では大好きなアリア「耳に残るは君の歌声」が多用されていて,しばらく忘れていたこの曲への熱が再燃し,ダウンロードしてしまった。ああオペラ観に行きたい。「真珠採り」そのものは,大して面白い話だとは思わないが。