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書かぬなら殺してしまえ

勉強

昨日一次史料を密かに読み終えて,さぁ,これからは書きながら二次文献の必要なところに目を通すという,いわば「実践演習編」に入るのだと気分を新たにした瞬間,またしても書けなくなった。
インプットからアウトプットへ移るときというのは,予想以上に勇気が必要であったらしい。おおざっぱな章構成しか考えておらず,大幅に作り替えなければいけないのだが,それすらもなかなかできない。怖くて書けないのだろうか。一次史料を読んでいた時は,とにかく読み終えて書き始めるのがあれほど楽しみだったのに,いざ書いてみろとなると,何を書けばよいのか皆目見当もつかない。たぶん怖くて書けないというのは少し言葉足らずで,正しくはきっと,「書けない自分を直視するのが怖くて書き出すことができない」。まだまだ読むべきものはあるとか,知識が完全とは到底言えないとか,言い訳を並べ出したらきりがないのだけど。
まぁ,こういうのは始めてしまえば何とでもなるもんだから,とにかく1行でも1字でも書いてしまいましょう。外山滋比古先生も,「書くことを先延ばしにすればするほど焦るばかりだから,とにかく一瀉千里に書け」とおっしゃっていたし(『思考の整理学』)。そして私自身もそう思うし。問題は,私自身がそう思っていながら,なぜ書き始められないのか自分でわからないということだ。こんなこと今までなかったのだ。書くのが怖いだなんて。ただそれは,怖いもの知らずではなくなった≒若干大人になったということで,喜ぶべきことなのかもしれない。
しかし,ああ,今日のブザービートは録画しとくんでした。理由はいちいち言いませんが。もうこの際「舞」だろうが「麻衣」だろうが,音が「まい」でさえあれば何でもよろしい。以前,体は子供,頭脳は大人で,たった1つの真実見抜く某名探偵の実写版ドラマをやっていた時,某嬢からいきなり電話がかかってきて,「小栗旬(名探偵・元の姿役)があたしの名前呼んでくれてる〜☆」と言われ,正直,何言っとるんだこいつはと思ってしまったのですが(ごめん,○○姉ちゃん),2年越しにしてその気持ちはようやくわかりました。もう山Pと北川景子はどうでもいいので(ファンの方々には身勝手な意見を陳謝いたします),溝端淳平貫地谷しほりのシーンをできるだけ多めにお願いします(大森美香様へ)。
理解がある人とか,応援してくれる人とか,要するに「自分の味方でいてくれる」人はそれだけで確かにポイントが高いけれども,最近いろんな人の話を聞いていて,私の求めるものはちょっと違うかなぁ,とか傲慢なことを思う今日この頃である。理解も応援もしてくれなくても構わないから,私のことも他人事と思って適当に考えず,親身に真剣に考えてくれる人がいいな,と思います。それが結局,自分という存在を大切にしてくれる,ということなんじゃないのかな。そしてそんな人は,もしかして私自身しかいないのだろうか。すると私の理想のタイプは私……とかいうわけのわからん思考ループにはまってしまった。
やはり恋愛はドラマか映画に限る。だってリアルな恋愛は辛かったり苦しかったりするもの。