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Danger Zone

余暇


午前中にピアノレッスンに行ってから帰宅する前に,半蔵門線ついでだと思ってそのまま東京都現代美術館へ向かった。私自身はそこまでのディズニーフリークではないのだが,むしろ同時開催の伊藤公象展の方に興味があり,メアリー・ブレアを見れば伊藤公象も半額になるらしいし,という程度の軽い気持ちで向かったのである。ネット上では「めちゃ混み」との噂をちらほら聞いてはいたのだが,まぁシルバーウィーク中の混雑状況なぞ当てになるもんかと思っていた。しかし清澄白河の駅を出て現代美術館へ向かう道からして,嫌な予感は募った。頬を紅潮させ,片手にはメアリー・ブレア展のカタログ,もう片方には異常な量の展覧会グッズを持って駅の方に戻ってくる女の子の人数がやたら多いのである。もちろん,駅から展覧会へと向かうのであろう女の子の数もやたら多かった(うち,連れてこられたであろう彼氏も含む)。そのテンションと買い込んだグッズの数,さながらジャニーズのコンサート後のようであったのだが,まぁここまで来たことだし,引き返すわけにはいかないと悲壮な覚悟を決めて会場へ向かった。今考えれば,あの時私はHighway to the Danger Zoneをひた走っていたのであった。さてここまで書くと,なぜ私がいきなりトップ・ガンのオープニングを貼ったかおわかりいただけたでしょうか。TOP GUN anthemからメインテーマ,Kenny Logginsによる「Danger Zone」に移る,最もかっこいい部分です。
さて,嫌な予感は的中した。チケット購入までに5分を要するという。メアリー・ブレアウォルト・ディズニーに貢献した女性であったらしいが,まさかこんなところまでウォルト・ディズニー・システムが採用されるとは思ってもみなかった(ファストパスはないんですか?)。おまけに今日は都民の日とやら*1であったらしい。かくして5分かけてチケットを買ったのだが,メアリー・ブレアから見始めていては,とてもじゃないが体力がもつ自信がないとひるんだ私は,まず伊藤公象から見ることにした。

「秩序とカオス」だなんてまたありがちな,つまらないタイトルだなぁと思っていたのだが,予想以上に面白かった。ここ1年くらいで美術の好みが変わったようで,こういうごくごく抽象的なものがとてもよく思えるようになってきたのだ。直島アートにも,今なら好感が持てるかもしれない(いや,直島アート自体は好きなのだけど。直島がね。)。すべて土から作っているということも驚きであるが,それ以上に驚きだったのは,この欠片をすべて丁寧に梱包して運送しているというシステム。集合体でひとつの作品に見えるけれども,それを構成するひとつひとつも,立派なアートですものね。加えて,会場が変わるたび,伊藤公象ご本人が御手ずから陳列しているので,その時々によって様相が異なるのだということだ。
そしてもうひとつ驚いたことには,会場に幼い(と言っても小学生くらいの)兄弟がいたのだが,2人して作品の1部であった粘土の塊を1つずつ持ち出そうとして失敗していたことである。まさに,秩序とカオス。もちろん2人に悪意があったわけではなく,むしろ注意されてもなぜ悪いのかわからない様子で,「それ触ったらいかんよ」と何度目かの注意をされたのちも,「えー,ダメなんだって。でも俺,これだけはどうしても手放せないよ」と気に入った粘土オブジェ(と,彼らの目には映らなかったのであろうが)にご執心の様子であった。現代美術の本質を見た気がしてしまった。しかし,ダメだと言われてもなおどうしても手放したくないほど気に入るものがあったなんて,しかもその価値を知らずして気に入ったなんて,ひょっとしてものすごい目利きなのでは……と戦慄すら覚えた。「おそろしい子!」それから本日何度めかの覚悟とともに,メアリー・ブレア展へ。
こんなに混んでいる展覧会は見たことがないと思うほどの混みようであったが,それ以上に驚いたのは,会場における会話レベルの高さであった。閲覧者は基本的に,前提知識としてディズニー映画全作を見ており,しかもその細かなシーンのすべてに熟知しておくことが求められているのではないかと思われるほどのレベルの高さ。そういえばアニメファンの人が目を輝かしてセル画展を観に行くようなもので,もしかして私はとんでもなく場違いなところにドシロートとして迷いこんだのではないかとすら懸念された。いちいち皆さん,絵を見るたびに「ああこんなシーンあったね!○○が××するところだよね」などと解説してくださるのである。特にシンデレラコーナー,不思議の国のアリスコーナー,ピーターパンコーナーでの観客の興奮ぶりがすごかった。我先にとあれはどのシーンだと口走る様はまるで早押しクイズのようで,見ていて飽きなかった。でも私もものすごいディズニーファンだったら,同じことをやるんだろうなぁ。ちなみに私の前で子供の手を引いていたお母様は,ピーターパンコーナーにおいて,まるでテストのように「これはあのシーンだよね?」と子供に問いかけていたのだが,最後に島の絵を見て一言,「あっ,ワンダーランド!」とおっしゃったので私は耳を疑った。えっ?えっ……?
と,こんな具合で人いきれに酔いはしたものの,内容量と質もまた今までに見たことがないほど優れたもので,門外漢の私からしても非常に楽しめる作りになっていた。水彩,実はあんまり見る機会もありませんしね。特に今回のような,「美術作品」というよりはむしろポップアートのような作品は,非常に新鮮に感じた。色使いもとてもかわいらしくて,もう。
ちいさいおうち

ちいさいおうち

ちなみに私が今回の展覧会でもっとも感動したのは『ちいさいおうち』のディズニー版コンセプトアートである。本がボロボロになるまで読んだ,今も実家に帰るたびに『ねないこだれだ』とともに開く確率の高い,「ばーじにあ・りー・ばーとん」の『ちいさいおうち』とこんなところで巡り合えるなんて!そう思うと本当に鳥肌が立った。しかし残念ながら,ディズニー版の『ちいさいおうち』はいかにもディズニーな趣で,素朴なタッチの絵本版が大好きだった私には,少々受け入れがたくも感じた。それから,当のディズニーランドではあまり好きではないアトラクションである「イッツ・ア・スモール・ワールド」のコンセプトアートも,これまたかわいらしくて心惹かれた。
ちなみにメアリー・ブレアの夫,リー・ブレアは,真珠湾攻撃の報を聞いてすぐ海軍に入隊したという,日本人である私たちからしてちょっと複雑なエピソードも紹介されていたりした。2人はともに『ダンボ』の制作にもかかわっていたというが,戦争でダンボと言えば,ちょっと忘れ難いエピソードがあるのである。中学くらいの時に放送された単発のスペシャルドラマ『二十六夜参り』,これは特攻隊の話で,ニノが出ていたから見たのだが(彼は本当に一兵卒がハマり役である),その中で金子賢演じるところの先輩パイロットが,ニノに自分が見たアメリカ映画として,ダンボの話をするシーンがあった。象の赤ちゃんが耳を翼みたいにして,空を飛ぶんだぜ,と言った後で,ニノが「おかしなことを考える人たちですねぇ」と言って笑う。その後金子先輩は「もう一度見たかったなぁ,ダンボ」と言って泣くのであるが,このシーンの解釈をめぐって友人と論争になった。「ダンボ,見ればええのに」などと能天気なことを言う友人に対して,バカ野郎,あれはすなわち「もっと生きていたかった」という意味であるということがわからんのか,と私がいきり立ったのである(ローティーンで血気盛んだったもので……)。そんなエピソードがあったので,そうか,当のダンボを作った方は,やっぱり日本に対して憤りを覚えていらしたのか,と残念とも感慨ともとれない感情が起こって,なんだか切なくなった。
冷戦期の映画の映像から始まり第二次大戦の話で終わる今日の日記ですが,私自身の一日はいたって平和でした。ご心配なく。何かあったとすれば,メアリー・ブレア展を鑑賞した後のグッズ売り場は正気とは思われない混み方で(五重六重くらいにとぐろを巻いてレジの列ができていた),グッズを集めるのが趣味の私も断念せざるを得なかったことである。イッツ・ア・スモール・ワールドのクリアファイル,欲しかったなぁ。

*1:岡山県には「県民の日」なんてないんですが,何ですかそれ?