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しがみつかない

つれづれ

今日はアイルランド語教室だったのだけど,どどどどん,と朝から立て続けに暗い気持ちになるようなことがあったので,あまり楽しめなかった。しかもその「立て続けに」起きた「暗い気持ちになるようなこと」は,第三者たる私にとっても他人事とは思えないようなもので,今日1日をかけて恋愛願望と結婚願望が(このところただでさえ低かったのだが)急降下した結果,今やむしろマイナスなのではないかとすら思う。少なくとも今は(単純に行為/制度/生活スタイルとして)恋愛にも結婚にも,まったく食指が動かない。むしろ,やらなくていいのならやりたくないかもしれない。
ずっと前から思っていたし,ここにも何度も書いたと思うが,どんなに冴えない毎日を送っていても,恋愛または結婚さえすれば,おしなべて気分はハッピー,人生バラ色,とでも言わんばかりの広告戦略の罪は,万死に値するとすら思う。まして女性など,少女漫画然り小説然り雑誌然りドラマ然り映画然りと,ありとあらゆるメディアからの洗脳を受けて少女から大人になるのである。恋愛至上主義にならない方がおかしい。その点,私は高校までは同級生たちの恋愛至上主義を何とか交わしながら生きてきたのだが(好きな人はいても,その人と付き合いたいとまでは思わなかった),大学に入ったらそれなりに恋愛至上主義の片鱗を身につけてしまった。
思うに,あらゆるメディアが押しつけてくるところの恋愛至上主義の思想中もっともよろしくないのは,基本的に恋愛を消耗品扱いしているところである。とりあえず付き合ってみろ,それでダメなら別れればいい,相手は五万といるんだから,さっさと次に行けばよろしい,とでも言わんばかりである。特に別れの論理においてそれは顕著であるように思う。別れる時は,とにかく未練を残してはいけない,できるだけ早く立ち直らねばならない,などなど。しかしそれは1対1の恋愛の現場においては,つねに「ふる」側の論理であって,「ふられる」側の論理では決してないのだ。ふられた直後の人間で,いったい誰がこんな達観したことを考えられるだろうか。「相手はいくらでもいる」だの「男/女は1人じゃない」だの「次,次!」だの,勝手もいいところである。よっぽどの恋愛の達人でもない限り,普通は恋をすれば相手のことしか見えなくなるし,男/女はこの人1人だと(無意識に)考えるだろうし,この人で最後にしたいと思うだろうし,とにかく真剣に相手のことが好きなはずである。かけがえのない相手として。それが1つの恋が破綻したとたん,いきなりその相手を,本当に1分前までかけがえのない相手だと思っていた相手を,「かけがえ」可能なものとして(しかもできるだけ早く)扱えだなんて,どだい無理な話である。ずぶの素人ながら,不器用ながら,それでも一生懸命に恋をしている人たちが,なぜ別れるときだけはスパッと恋愛の達人のように潔く別れなければならないのか。そんなん,できるわけないでしょ。なのに一般的に言われている「よい別れ方」と違うので,自分は未練がましい人間だ,こんなだから相手にも愛想を尽かされるのだ,とますます卑屈になるのである。
昨日の「挫折論」にも通じる話だが,例えば同じだけのダメージを与えられたとして,ある人は「こんなことは人生よくあることだ」と思い,ある人は「もう駄目だ,生きていけない」と思う。そうすると同じ出来事でも,前者にとっては単なる「不運なこと」でしかなく,後者にとっては立派な「挫折」になってしまうのである。要するに,体感値の違いとでも言うべきか。まして恋愛なんてその最たるものであるのに,一般的に恋愛とはどうだとか,結婚とはこうだとか,そういうことを平然と語るメディアって本当にどうなんだろうと思ってしまう。軽々しく恋をしろ恋をしろと言うけどね,失恋して絶望のあまり死を選ぶ人だっているんですよ。そこんとこわかってるのかね。好きな人ができたらその人に「脈」があるかないかによって一喜一憂し,あわよくば付き合い始めることができれば,ささいなすれ違いで心を痛め,さらにあわよくば結婚することができたとしても,それで絶対に幸せになるとは限らない。しかもこれらのすべてに,自分ではどうしようもない要素が多すぎる。つまり,相手に左右される。そう考えると恋愛も結婚も,ものすごくハイリスクローリターンな話じゃないか。しかも,努力目標の問題もある。大好きなあの人の彼女の座,ならまぁ昔からあるからいいとして,なぜ昨今の女の子たちは目を輝かして専業主婦を夢見るのか,私にはまったく理解できません。恋愛も結婚も,相手がいてはじめて成り立つものである限り相手に左右されるのに,さらにその上,経済力までも左右される生活だなんて。不可抗力でなるのならばまだしも(新居から今まで通っていた会社には通えない,とか),自ら進んでそうなるというのは,やっぱりちょっと私にはわからない。

昨今のベストセラー。舞ちゃんが読んだと言っていたので,私も軽く立ち読みしてみた。すると第1章がまさに私が上に書いたようなことで,おお,そうだそうだ!その通り!と鼻息も荒く読んだ。しかし最終章に目を移してみると,その章のタイトルが「勝間和代を目指さない」であり,しかもその内容は,かいつまんで言えば(世間的に勝者とされている)勝間和代の生き方は基本的に常人にはマネできないものであり,なのにもかかわらず勝間を目指すべしと言わんばかりの勝間の著書を買う「カツマー」達がいかにバカげたことをしているか,みたいなことなのであった。少々戦慄した。だってね,論文でも本でもそうだと思うのだけども,最終章っていうのは一番重要なことを言う部分であり,一番筆者の言いたいことが書かれている部分である。ということは,えーと,香山さん,勝間さんをライバル視していますね……?しかも,熱烈に……?
この言い回しは大変嫌いなのだが,しかし敢えて言おう。「女って怖い」