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アングロ・アイリッシュと「統治の知」

勉強

先週も研究会だったのでそんな気はしないのだが,所属学会の研究会は,そういえば久しぶりだった。
研究会の内容自体は,正直言って,難しくて割とついていけなかった。メモをとるのに終始。しかしながら経済思想と政治哲学を縦横無尽に駆使しながらウィリアム・ペティの思想を解読する手法は,これまた格好良くてため息ものであった。こうしてみると改めて,ディシプリンというのはとても大切なものなんだなぁと思う。私などみそっかすだが,それでも歴史学ディシプリンは身につけている中途なのだろうし。これぞ伝統ある学問の醍醐味とでもいうものだろうなと思う。そして,私などから見ると,他の学問のディシプリンもとても魅力的に見えて仕方ない。卒論の時なんて,アイルランド史を解読するにはまず経済の知識がなきゃいかんと思い,ひたすら経済学の概説書を読んでいた記憶がある(それも4年の夏というクリティカルな時期に……)。そして今,哲学がとても魅力的に思えております。特に今回用いられていたのはフーコーの理論。コレージュ・ド・フランスの講義録,読みたいよう。

ミシェル・フーコー講義集成〈7〉安全・領土・人口 (コレージュ・ド・フランス講義1977-78)

ミシェル・フーコー講義集成〈7〉安全・領土・人口 (コレージュ・ド・フランス講義1977-78)

ミシェル・フーコー講義集成〈8〉生政治の誕生 (コレージュ・ド・フランス講義1978-79)

ミシェル・フーコー講義集成〈8〉生政治の誕生 (コレージュ・ド・フランス講義1978-79)

それにしても生政治(biopolitics)の概念というのは,面白そうなものであることよ。それでは毎度おなじみ,「修論が終わったら」読もう。しかし私は一体どこへ向かおうとしているのかと思わないでもないが,これも歴史というぶれない軸があってこそ色んなところに遊びにいけるわけです。