読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

「修論終わったら」

つれづれ

修論終わったら,などということはもうほとんど考えられなくなっているのですが,それでもたまに頭をよぎる「修論終わったら」の後には,何やら様々なものが付いてきます。

  1. 温泉!肉!酒!
  2. 御殿下に行きたい。
  3. アイルランドに行きたい。
  4. ニトリに行きたい。
  5. アイルランド語をちゃんと勉強したい。
  6. 夏からやっていない英文学も。
  7. 論文を読みたい。
  8. ピアノを弾きたい。

温泉,肉,酒というのは私が普段から言っているものなので,修論が終わったらというのはこじつけでしかない気もする。御殿下にはしばらく行っていないし。そもそもアイルランドに行ったこともない私がナショナル・アイデンティティなぞ研究しているのですよ。今回の論文でも何やら大それたこと言っていますよ。いいのかね。しかしここまで来ると,あとは留学まで行かなくていいんじゃないかというか,むしろ行かない方がいいんじゃないかというか,そんな気もする。ニトリは,12月初旬にオープンするんです。我が町に。最も行きたいのは,実はニトリだったりします。
勉強プログラムが3つも入っているあたり,論文提出前からやり残しの暴露かよと思われるかもしれないが,論文によってストップしていたあれやこれやの再開ということです。そもそもアイルランド語をまともに理解していない私がアイルランド語復興運動なぞ研究しているのですよ。今回の論文でも(以下同文)。幸い教材はあるので,終わったらじっくりやろうと思う。もっとも論文提出の4日後がアイルランド語教室なので,どこまで進歩を実感できるかは定かでないが。しかし12月に入ってからは,4日おきくらいにそれぞれ別の大事な用事が入るのだなぁ。ついて行けるかしら。
M1の時は打ちひしがれることばっかりで,ちょうど去年の今頃だったか,修論でだいたい見定めようと思ったのを覚えている。見定めようというのはつまり,向いているかいないか……ということは2年やそこらでわかるわけもないので,せめて今後も続けていこうと思えるくらい好きかどうかくらいはわかるんじゃないかと。それでもし駄目だったら,きっぱりやめようと,諦めの悪い私にしては割と悲壮な決意をしたのであった。それからというもの,一喜一憂がますます激しくなっていたのは,たぶんその悲壮な決意の重みがあってのことだと思う。私は自分が決めたことは何があっても実行するので(ですので,将来的に私が万が一にでもテロを計画していたら,判明した時点で射殺でもしてください)。いまだに,好きかどうかはよくわかっていないけれども,修論が終わった後にやりたいと思うことが,さらに勉強することだったり,論文の構成を考えたりしているといつの間にか夜になっていたり,夢中にはなれているのかなと思う。そしてそれは幸せなことなんだろう。