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ドッキドキ☆遺書メール!

勉強

昨夜,コメントをくださった先生に対してお送りしたメール。

提出期限まで,いよいよあと10日になりました。
難しいことも多々あり,ひとつ解決したと思えばまた次の問題が生じたりで,秋以降は本当に,悩んでいた記憶しかありませんでしたが,夏からずっと先生がメールにお付き合いくださったおかげで,いつも自信を持って勉強を進めることができました。
書いている時などはなかなか筆が進まず大変でしたが,それでも「辛い」と思ったことは一度もなく,悩みながらも,総じて楽しい毎日でした。
終わるのがもったいないほどです。
そのような研究対象に出会えたことだけでも幸せなことだと,よく言われます。

とりあえずこの後「今後もがんばって取り組んでいきたいと思っています」とあるからまだいいものの,これではまるで遺書ではないか。
私はこうして,何かひとつ大きな目標としてきたことの期日がいよいよ近付くと,妙なセンチメンタリズムに襲われて「これまでの私」を振り返り,そして無意識のうちにこうして述懐(しかも,他人様に吐露する形で)しはじめるという悪癖がある。ピアノ然り勉強然り。自己陶酔も大概にしなければ。「終わるのがもったいない」って,だいたいまだ終わっていないのである。今日も序論で見事に躓いている。
うやむやな振られ方をされたかつての恋人からいきなり呼び出されて会ったら,新しい恋人と近々結婚するという報告だったという話を友人から聞いた。その男は,彼女の友人一同から虐殺されてしかるべきだと思うのですが,いかがでしょうか。自分のことではないのに,我がことのように腹立たしいのですが。なんでわざわざそんなこと報告するの?「君にはちゃんと言っておきたかった」というアレ?
すべて話すのが誠実さだとでも言わんばかりに,そんなことを聞かされて相手がどう思うかすら顧みず,そういうステートメントを発する人間を,私は心から軽蔑する。要は自己満足でしょう。罪滅ぼしでしょう。自分が悪者になる勇気もないということでしょう。とりあえず友人には,あなたはそんな小物に甘んじるほど価値のない人間ではないはず,むしろ吹っ切れてよかったと思いなよ,と言っておいたが。しかしこんな人間がぬけぬけと生息していること自体,私にはとても許せないのですが。