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トラブル続出

勉強

朝起きてキンコーズに電話し,状況をチェック。「今は混んでないので,長く見ても2時間くらい」だと言われ,「あっ,じゃあ9日に提出なんですけど,明日持っていくっていうのは……」と調子に乗ると「それは危険です」と一蹴された。ですよね!というわけで,予定としては夕方,まぁ遅くて22時くらには家を出て持って行こう,ということに。
で,結局ぎりっぎりまで訂正して,22時にいざ持って行こうと印刷を始めたら,これがもう,終わらない終わらない。しかも目次を作って印刷しようとしたら「エラー!何とかかんとか」というメッセージが何度も何度も出るし,時間は過ぎるし,もう今度こそ発狂するかと思った。私まったく知らなかったのだけど,ワードにおいて目次というのは,本文とリンクする形になっているのですね。なぜ知らなかったかと言うと,卒論ではなんと手打ちで(!)目次を作ったため。目次の機能なんて,そんなもんがあること自体知らなかった。今回も,私は章ごとにファイルを分けていて,ページ数と図表番号だけを統一する形にしたので,目次は統合したファイルで作ったものをコピーしたのだが,それだとリンクが不能になってしまうため,こうしたエラーが発生するとのことで,勉強になりました。目次をただのテキストとして使いたいのならば,目次をすべて選択したうえで,Ctrl+Shift+F9を押してリンクを解除しなければなりません。なんだかこの1ヵ月くらいで,ものすごくITに通じた気がする。ネットに情報があふれているこのご時世,いざとなりゃいくらでもIT使えるけれども,それでも普段から貪欲に知識を吸収しておくのとおかないのとでは,焦り方が全然違うなぁ,としみじみ痛感した。勝間和代が『無理なく続けられる年収10倍アップ時間投資法』の中で「マニアックなくらいITを活用する」と書いていたが。文系「でも」ITを活用とかじゃなくて,むしろ文系こそ,パソコンにお世話になりっぱなしというわけではないのだから,その分意識してパソコンをきちんと使えるようにしておくことは求められるのだろうと思う。理系の人とでは絶対的な練習量が違う。どうもパソコンに疎くて,なんて苦笑いしていればいい時代でもないし。印刷しながら化粧を始めたが,すぐに上記のようなトラブルが続出し,化粧どころではなかった。なんとかかんとか印刷が終わっても,今度はページの確認やら何やらで忙しく,終わったのは23時前。アイシャドウのベースの色だけ付けて,まつ毛をビューラーで持ちあげただけという,もう何と言うか,料理に例えれば引っくり返していないお好み焼きのような顔で家を飛び出すことになった。こんな時のマストアイテム,帽子を深くかぶって。
深夜の池袋ウェストゲートパークなどという恐るべき場所を突っ切って23時半くらいにキンコーズに到着し,無事に提出。表紙を選べと言われ,桜色とかバラ色とか,ピンク系がかわいいなぁ,とか思っていたのだけれども,どこからともなく「アイルランドなら緑色」「むしろなんで緑じゃないの」という幻聴が聞こえ,すべて鶯色でオーダーした。エメラルドグリーンがあれば。
さて,ああとりあえず終わったと思いながら帰宅し,ご指導を受けた先生方にお送りするものを作ろう,と改めて落ち着いて印刷を始め,ふと原稿を見たところ……

ここでは「オコナー(O’Conor)はコニエル(Conyer)となり,オライリーO’Reilly)はリドリー(Ridley)になり,……マカーシー(MacCarthy)はカーター(Carter)になっている」などと,具体的に英語化した名字の例が挙げられている。ここで挙げられている苗字のほとんどは,また,アイルランド人の名前についても,アイルランドゆかりの聖人や神話に基づく名前が英語化していることが嘆かれる*1

あああっ!
太字にした部分は,文章の整合性がとれないことからもう皆様にはおわかりでしょうが,消し損ねたと思われる部分です。何を,何をやっているんだ私は。もっとも今考えるとそう大した問題でもないのだけど(もちろん大した問題ではあるが,少なくとも論旨がこれで変わるわけではないので),その時はもう,大変なことをしてしまった,しかももう製本に出したのに,とがたがた震えてしまって,でももう仕方ないので明日の朝持っていくことに。結局,5時半までかかって新しく印刷し直した。
と,今日は訂正はしたけれども,それよりも何よりも印刷とか確認とかに時間と労力を費やし,ものすごく疲れた。こういうのも,論文を書く時にはやっぱり考慮しておくべきですね。卒論の時もそうだったけれども,どうも期日が近づくと内容のことで頭がいっぱいになり,テクニカルなことに全然意識が向かなくなってしまう。印刷なんてすぐできるとか思ってしまう。今後の教訓として書いておきます。

*1:Hyde, 'The Necessity for de-Anglicising Ireland', p. 147. もうなんか,註をつけないと気持ち悪い。