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emancipation?

つれづれ

修論が終わるや,「ゆっくり休んで」とか「心おきなく遊んで」とかよく言われるのだけれども,実は全然頭も冷えておらず,今日も学校に行く用事があったついでに,ついつい雑誌論文をコピーなどしてしまった。その中のPast & Present2009年8月号掲載の,M. Kellyの'Irish Nationalist Opinion and the British Empire in the 1850s and 1860s',アイルランド史を研究する上でポストコロニアリズムの問題がいかに切っても切り離せないものか,冒頭で詳しく代表的な研究者を挙げて説明してあり,非常に示唆的。実際,アイルランドの研究に歴史も文学もないのだが,しかしそれにしても,この論文とはもっと早く出会いたかったな。
論文を提出したことそれ自体,特に幸せなわけでもなんでもない。むしろ昨日飲み会の席でうだうだ言っていた通りで,提出する前とした後ではかなりメンタリティが違い,今度はもう訂正できないということが恐ろしくて仕方ない。論文の限界も,論文を提出した後で見えてきたりして,これは明記すべきだったなぁとか,この構成は果たしてどうかなぁとか,色々と思うところが出てきて,気が休まるどころではない。まぁ提出直後だから仕方ないかと思っていたが,さすがに提出後2日も経ってこれだと不安になってきた。これ,もしかして,手ごたえがないってことなんじゃないかとか,終わった直後にこんなだとダメなんじゃないかとか。好き勝手やった卒論とは違い,いろいろな先輩方や先生方にお見せしてご意見を頂戴し,何度も何度も書きなおした論文なのにそう思うのだから,もう仕方ないのだろう。少なくとも人事は尽くしたつもりなので,あとは天命をと言いたいところなのだけど,それにしてもあと2ヵ月も経たないと,その天命すらわからないとは。提出したらすぐに解放されるつもりでいろいろと予定を組んだけれども,これではピアノの練習もろくにできそうにない。つくづく気分の切り替えが下手だと思う。