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バレンタインと過去の恋

つれづれ

朝起きたら,またしても親から恒例の「何か作るのか」という無神経メールが入っていた。私に恋人がいるかどうかはそこまで重要なことなのだろうか?ならばお見合いでもセッティングして,さっさと娘が嫁ぐお膳立てでもしてくれればいいのに,とそう書いてやろうかと思ったが,別に喧嘩を売っても仕方ないのでやめておいた。バレンタインデーに妙齢の娘が親に喧嘩を売るなんて。悲しすぎる。だったらチョコでも作っていた方がマシである。そもそも人生の岐路に立っているこんな時に,のんきにチョコなんて溶かしていられますか。
で,親には「ロッチくらいしかあげる人はおりません」と返しておいたのだが,今日も仕事をいくつかこなす息抜きにロッチの動画を見ていて,エラいことに気づいてしまった。
今日見ていたのは,ロッチのお宅拝見的なコーナーの動画。コカドさんが部屋の紹介をしていて,「(道路の騒音のために)二重窓になっている」と窓を開けたその時,目に入ってきたのは,なんかどうも見覚えのあるアングルの甲州街道首都高速ここはもしかして,SJSじゃないか?あるいはSJSそのものでなくても,その近辺じゃないか?Yahoo!検索関連ワードなどで「ロッチ ○○○」とその地名が出てくるし,ロッチのネタ自体にも「八幡山」「杉並区」といった地名がたまに現れるので妙だなと思っていたのだが,映像を見てちょっと確信に変わりつつある。いやほぼ間違いなかろう。ここは,どうも,デートしたことがある。紅茶に浸したマドレーヌを口に入れた時のごとくフラッシュバックが。
ということはあの時あそこを通る時,ふと右上を見上げていれば,そこにロン毛のコカドがいたかもしれない。ampmとかで雑誌を立ち読みしていたかもしれない。いなげやとかで中岡が買い物していたかもしれない。売れる前だから,バイトすらしていたかもしれない。まぁいつから住んでいたのかはわからないが。懐かしさの一歩手前でこみ上げる苦い思い出にではなくて,みすみす失ってしまったかもしれないチャンスの方に,言葉がとても見つからない。ひょっとしたら親に対しても「ロッチくらいしか」なんてありもしない状況を前提とするのではなくて,「けんちゃん*1に作るよ☆」とメールを返すことができていたかもしれない。いやそれは妄想か。
いつにもましてくだらないことを書いてしまったので(いやでも,どういう経緯であれバレンタインに過去の恋を思い出すような出来事があったというのはちょっとロマンティックだと思うのだが),ひとつだけ気になって仕方ないことを書いて今日はもう寝ます。『アバター』の中で,アメリカ人がナヴィ族の手懐け方について議論している時,「連中に薬と教育を与えたのに(一向にこっちの言うことを聞かない)」という旨の字幕が出ていた。英語の方を聞き損ねたのだが,もし「薬」がmedicineだとしたら,それはおそらく「医療」の方が正しい訳になるだろう。なぜなら帝国主義の武器だからです,医療と教育。字幕の訳がどうのこうのとかいう論争,大概恐ろしく程度が低いので私はあまり与したくないのだが,でもたぶん,これだけは「医療」だと思われる。ちなみに「教育」がとりもなおさず「英語教育」を指しているというのは,これまた帝国主義的な価値観で,非常に興味深かったです。特に私はアイルランド語復興運動なんて修論で扱いましたので,植民地における英語教育というテーマには親近感が。やはりジェームズ・キャメロンは天才だ。