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おんな力アップ

つれづれ

なんということ。予習に先が見えてきた。とはいえ微かな光が見えてきただけなのだが,嬉しいことこの上ない。先輩にお借りしたウィルバーフォースの伝記映画(タイトル忘れました)で,何回やっても法案を相手にしてもらえなくて意気消沈するウィルバーフォースに奥さんが「雨の後には太陽が出るわ」みたいなことを言って励ます非常に感動的なシーンがあるのだけれども,奴隷貿易廃止だろうが研究会の予習だろうが,こつこつ努力していれば道は拓けるものですね,奥様……!!
さて,パスモ定期の代理払い戻しというとんでもなく面倒臭いミッションをお願いしていた友人*1から,本日パスモとお手紙が届いた。そのお手紙には彼女の近況が綴られていたのだが,ある出来事の紹介とともに

もうすぐ25歳になるし,礼儀作法を身につけなければと痛感しました。

と書いてあり,私はなんだかいたく感動したのでした。彼女が礼儀作法を「身につける」必要があるとは,私は毛頭思わないのだが。なんかいちいち,彼女は言うことに品性が感じられます。例えばこの前も,休日にメールをしていて「今日はお裁縫をしていたよ」みたいな一文があり,これまたいたく感動したのだった。「お裁縫」。なんと女らしい言葉であることか。ちなみに,私は同じ作業のことを「縫い物」と言います(用例:「縫い物嫌い!」)。しかし同じことでも「お裁縫」と言うと,縁側で着物姿の女性がうつむいて,しずしずと針を進めている,その匂い立つような後ろ姿(縫っているのは自らの花嫁衣装であることが望ましい)を想像してしまいますね。私だけですか。でもやはり語感っていうのは,違うのである。ただしこういう言葉は,使いようによっては何となく鼻持ちならない感じになったり,気取った感じになって反感を招くのだが,彼女の言葉にはそれが全くない。それはおそらく,彼女の持ち前の優しさとか明るさとか,そういう性格の表れなんだろうと思う。
彼女とは4月から一緒に着付けの教室に通う約束をしていて,その教室のパンフレットに書いてあったのは「おんな力アップ」といううたい文句であった。この「おんな力」という言葉に非常に惹かれた。最近何かと言えば使われて安っぽい印象のする「女子力」という言葉を敢えて使わないところ,流行に流されない大和撫子になれそうな気がするね,と彼女と話していたのだが,おそらくこの教室は「女子」の育成など,はなから考えていないということなのだろう。さすがは元祇園の芸妓さんが先生をなさっている教室。今から楽しみである。めざせ,おんな力アップ。

*1:私の手違いで,どうしても東京にいる間にできなかったため。本当にありがとうございました!