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太平の眠りを覚ます蒸気船

勉強

東京での第1日目はアイルランド語教室。みなさん異口同音におっしゃっていたが,詩より散文の方が簡単,なんてことは絶対になかった。去年1年間アイルランド語の詩を読み続けてみて内容が取りづらいのに閉口し,「お願いです普通の文章が読みたいですっ」と先生に泣きついた張本人は何を隠そう私なので,私だけは諦めるわけにいかない。博士に受かったことをご報告した先生の1人に,「何が何でもアイルランド語の勉強だけは続けろ」とこの前言われたばかりなので,俄然やる気が出ている時でもあるわけです。今回は嬉しいことにテキストの朗読音源もあるし,発音もできるようにがんばるっ。とはいえ今日は脳が東京モードになりきっていなかったようだが。しかし,修士に入ってから文学やアイルランド語もかじるようになったのだが,専門の勉強だけやっていては決して知り得なかったような言葉を知ることができるのが何よりの収穫である。私が修論の史料で使っていたThe Gaelic Journalでやたらしつこく書かれていたアイルランド語学習の効用の中に,「ネイティヴではない別の言語を学ぶことによって,表現力が豊かになる」というものがあったけれども,まさしくそれだと思う。語彙が増えるというのは,日本語でも英語でもアイルランド語でも何より喜ばしいことなので,これからも専門外の勉強をバカにせず,細く長く続けていきたいものです。もっともアイルランド語は早急に「使いもの」にしなければならないので,細く長くなんて悠長なことは言っていられないのだが。
授業のあと,先生が最近購入なさったというkindleを見せてくださった。文系はパソコンが苦手だなんて言っていられないこのご時世にまた面倒なものが出たなぁというくらいの感慨しかなかったのだが,実物を見てみて,私も研究費に余裕がありそうなら買ってみようかなぁ,くらいには思った。何が電子化するのも便利だと思うけれど,画面上でものを読むということには依然として抵抗があるのは,やっぱり頭が固いのだろうか。いくらPDFファイルの形でダウンロードしても,(気合いを入れて読むときは)絶対に印刷して読んでいます。辞書も本当なら紙の方がいいくらいである。「kindleは現代の黒船と言われているらしい」と先生がおっしゃっていたが,だとしたら私はもしかして攘夷派かもしれない。「決して拒否しているわけではなくて,まだ見ぬものが胡散臭い(怖い)」,プラス,「今までそれでうまくやってきた秩序を勝手に壊さないでほしい」,という感慨は,今になってよくわかる気がする。高校で日本史の授業を受けていた時には,攘夷派がただただ頑迷な人たちにしか思えなかったが。ただそう考えるとやはり,「闇雲に怖がるのではなくて,とりあえずは相手のことを知ってみよう」という開国派の人たちの考えは,すこぶる視野の広い立派なものに思える。