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1番

ピアノ

先生はバラードはまとめてやってしまおうとのお考えなのか,ジャカルタ(旦那様の赴任先)にいらっしゃる前の最後のレッスン(1ヶ月半ほど前)の後,お茶をいただきながら雑談している時に「(2番を弾いたら)次は1番ね」とぽろっとおっしゃっていた。正式に「次は1番」と課題を出されたわけではないものの,要するに演奏会が終わったら1番の譜を読めということなんだろうと解釈したので,始めてみた。

これ弾くのは感動しますよみなさん!
正直言って,ショパンのバラードの1番と4番ばかりがあんなにもてはやされるのが面白くなかったのである。なんか甘ったるいばっかりじゃないかと思っていたのである。いや,さすがに甘ったるい「ばっかり」なわけはないが,それにしたって2番も3番もいい曲なのに,なんでみんな演奏会と言えば1番と4番ばっかり弾きたがるのか,不思議でしょうがなかったのである。しかしこれ,弾いてみてようやくわかった。いよいよ自分も,ついにこの名曲を弾くに至ったのだという感激。そりゃー,演奏会に出したくなるわ。最初のpesanteの部分(ドーミラシドラミシドラミシド♪)を弾くだけで,なんかもう,痺れました。何度も聴いた,誰でも知っている,下手すりゃクラシックにあまり興味のない人ですら知っているこの「バラ1」のメロディを,この私の手が弾いている。ショパンがあまり好きになれないなどと可愛げのないことを言っていた私だが,いよいよそんなことを言っていられなくなった。バッハやベートーヴェンの曲に感じる畏怖こそそれほど感じないものの,この叙情性は,すごい。こんな完璧に美しいメロディを,よくぞ思いつけるものだ。いやはや,感じ入りました。別にショパンが好きだったわけではなく,バラード1番・4番の神格化に疑問すら抱いていた私を,一気に改宗させるほどの威力。あまりに有名な曲の譜読みというのは,本当に楽しいものです。クラシックを聴くのももちろん楽しいが,私はやっぱり,演奏する側としての喜び(歓び/悦びに近いかもしれない)を強く感じます。つくづく,ピアノを弾けてよかったと思います。あー,うれしい。あ,ちなみに映像がいつものマエストロ・ツィメルマンではなくてマエストロ・ホロヴィッツであることに,特に理由はありません。とても素晴らしい演奏だと思ったので載せたまでです。しかしホロヴィッツ,指長っ。E.T.みたい。ホロヴィッツ,ウチヘデンワ。
ということで,案の定私も「ステージでバラ1弾きたい!」衝動に駆られまくっているので,どうにかステージに乗せたいものです。大曲なのですぐにすぐとはいかないと思うが,目標は来年の1月くらいに設定して,がんばってみようかな。
この前の演奏会でつくづく思ったのは,ステージで弾く際の精神状態というのが,年を経るにつれて変わるのだということ。当たり前と言えば,当たり前だが。昔というか子どもの頃みたいに,観客のことなど気にもならずに無心で弾いていたらいつの間にかコーダ,という状態ではなくなっている。最初から最後まで意識がしっかりある状態で,だから前に比べれば本番に「弱く」はなっているかもしれない。しかしその分,いろいろと考えながら弾くことができるようにはなっている。この前のバラード2番は,妙に意識がはっきりしていて頭が冴え渡っていて,恐ろしかったし難しかったが,それでもいちいち納得した音を出すことはできていたと思う。先生も言っていたけれど,これは退行ではなくて成長なのだろう。ステージで演奏する楽しさも難しさも改めて体験することができたというのが,この前の演奏会の一番の収穫である。これからもひとつひとつ演奏を重ねるごとにひとつひとつ成長していけるよう,楽しんで練習していきたいものです。趣味とは言え,ここまで続けられているのだから。