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レンピッカ展

余暇

今日はとても寒かった上ご丁寧に雨まで降っていて,こういう日には予定が入っていないかぎり決して外出しない私は何度も何度も迷ったのだが,「映画と展覧会は思いついたその時に行く」という本来のマイルールに従って行くことにした。結論から言うと,行っておいて本当によかった。まだいらっしゃってない方はぜひぜひ,万難を排していらっしゃるべきかと存じます。こんなことを言う私だが,「レンピッカ」なんて人,実は今まで全然知らなかったのである。去年,Bunkamuraの展覧会予告で「緑の服の女(写真)」を見て初めて知ったくらい。そんな程度だったので今回の邂逅はもう偶然の産物としか言いようがない幸運なものであった。去年フライヤーを見た時は,その印象の強さに「絶対に行こう」と思っていたのだが,それから1年も経つとモチベーションも薄れてくるもので,今日だって雨が嫌で帰っていたかもしれないわけで。
ポスターをご覧になった方はおわかりの通り,レンピッカと言えば鮮やかな緑なのだが,まずその緑を余すことなく堪能できるのが「ボヘミアン」(1923年ごろ),「自画像」(制作年不明),それにやっぱり「緑の服の女」。この3作品の中では印象の薄い「ボヘミアン」だが,この1枚の絵の中で3種類もの緑が巧みに描き分けられているのが印象的であった。「自画像」「緑の服の女」での都会的なパキッとしたエメラルドグリーンと異なり,「ボヘミアン」の緑の1つにはどこか穏やかで温かい雰囲気もある。自分のイメージカラー,もしくはお気に入りカラーはこれ,と決めておくのは,結構なイメージ戦略だと思う。そう考えてみると,私は赤いものを好んで買うけれども(パソコンまで赤),服は少し前までモノトーンが圧倒的に多かったし,今は寒色系の服を着ることが多かったりと,定まらない。でも親しい人たちに言わせれば,私は赤のイメージであるらしい(なんかこう書くと共産党員のよう)。中学の頃はオレンジが大好きで,その時も親しい人たちにはオレンジ好きだとバレていた。好きな色というのは不思議なもので,こちらが黙っていても主張するようである。
またレンピッカはなかなか恋多き情熱的な女性で,しかもバイセクシャルであったためその相手は男女問わなかったとのことであり,恋人たちをモデルにした作品も多く展示されていたのだが,その恋人たちがいちいち美人であった。ジャン・エヴァレット・ミレイの時もモデルが超のつく美少女ばかりで,同行した友人などは「本気っぽくて嫌だ」などと笑っていた覚えがあるのだが,やはり画家の審美眼は相当なものということだろうか。まぁそれはいいとして,レンピッカの作品について私が驚いたのは,家族に対する眼差しさえも多分にエロティックであるということである。例えば旦那様を描いた作品「タデウシュ・ド・レンピッキの肖像」,この絵が描かれたのは離婚間近だった*1と言うが,とてもそんな風には見えないほど,旦那様かっこいいのである。画家に投げられた(であろう)目線こそ冷たく,2人の間の冷え切った空気を連想させるが,そのダンディな雰囲気,阿部寛のよう。普通,これから別れようとする男をこんなにかっこよく描けますかね。芸術家というのはそういうもんなのだろうか。私はダメだな。後の時代,レンピッカが再婚したお相手,レンピッカの絵の熱心なコレクターでもあったクフナー男爵をモデルとした「ラウル・クフナー男爵の肖像」は私の目には別にそう面白くもなく映り,やっぱりレンピッカ,最初のタデウシュさんの方が本能的には好きだったのでは……と邪推すらしてしまった。ちなみにタデウシュさんは「スマートな美男子の女たらし」として有名であったそうである。あと,忘れてならないのはレンピッカの主要作品のモデルとして登場する一人娘のキゼットさん。彼女は「ブロンドの髪,肉感的な唇,ものうげな眼差し」を持ち,まるで「ロリータのようなイメージ」で描かれている。典型的なのは「初めて聖体を拝領する少女」と「ピンクの服を着たキゼット」だろう。特に後者は靴の片方がなかったりして,まさに「ロリータ」のイメージ。実際,ナボコフの『ロリータ』の表紙に何度か使われているらしい。

それからやっぱり「カラーの花束」。レンピッカの十八番は肖像画であったとのことで,この展覧会でもともすれば肖像画に目が向きがちだが,展示されている静物画の中で,肖像画に負けないくらいの存在感を持つ作品である。カラーはその優雅な形や白という色,一本でも様になる雰囲気などが相俟って私も大好きな花なのだが,部屋に飾るとなると多少躊躇してしまう。やはり白という色のせいか,周りにものすごく静謐な雰囲気が漂ってしまって,怖いくらいになってしまうのである。それはこの絵についてもそうで,一見ゴージャスで華やかなのだが,同時に異常なほどの静寂を感じる。無音映画みたいな感じである。ただしモダンでもあるのだが。この展覧会の中で,私が最も強い印象を持って眺めたのはこの絵だった。
ピシッとした,ほとんど曲線のない,モダンな絵がこの人の特技だと思っていたら,アメリカに行ったりメキシコに行ったりしてからは,牧歌的な雰囲気が絵に漂っている。1953年には抽象画を描き始め,1959年には「スタイルをがらりと変え」ている。もう50代の後半から60代にもなろうかというところで,画家として成熟した頃に,そんな色々と冒険をしてみたり,新しいスタイルを模索したりするのは決して楽ではなかっただろう。しかも,先ほども言ったような「モダンな」肖像画で成功しているのだから,それなりのプライドもあったと思う。しかしそういったものにとらわれず,また言い訳にもせずに,新境地を切り開いていこうとする姿には感銘を受けた。私もそういう,いくつになってもチャレンジ精神を忘れない女性でありたいものです。
この展覧会,レンピッカの作品の他にも1920年代のファッション誌のイラスト(Vogue, Die Dame)や彫刻,果ては自分の美貌を写真に永久に残しておこうと考えたレンピッカが,プロのカメラマンにハリウッド女優のようなポージングで撮影させた(!)自身の写真などもあって,見ていて飽きない。特に写真,こんなの相当の自信がないとできないと思うのだが,さすがに綺麗です。才色兼備とはまさにこのこと,いいですなぁ。また,私がBunkamuraの展示を見る時にはいつも感心して注目しているインテリア,今回はラメの入った(?)細い糸が何本も天井からぶら下がり,要所にレンピッカ・カラーである緑があしらわれて,今までのBunkamura展示の中でも抜群におしゃれ。
ひさびさにいい展覧会を見て,心が洗われた……なんてものではなく,なんだか今回は背筋がシャキッとなる思いであった。現代絵画は刺激的で素敵。プロコフィエフやらストラヴィンスキーやら弾いてみたくなりました。

*1:そのため,結婚指輪をはめた左手が未完になっている!