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2010年度イェイツ読書会の始動など

学校

今日は今年度初のイェイツ読書会があった。今日の詩'The Happy Townland'では一見理想郷だけれどもよくよく見ると不気味な世界が描かれていて,読んだ後に底知れぬ不安感がもやもやと残る感じが非常に良かった。最近,映画でも音楽でもそうなのだが,すべての伏線や懸案が見事に解決してめでたしめでたし!となるすっきり感と同じくらい,終わった後も納得できないところがあってそれをもやもやと考え続ける気持ち悪さも快感に思えるようになってきた。人間性の成熟と見てもよいだろうか。
読書会のあと,渋谷を通って帰るついでに,この前レンピッカ展に行った時は売り切れで買えなかった「カラーの花束」のポストカードを買い直すべくBunkamuraに向かい,さらにそのついでにスペイン坂でTOKYO FMを見学。高校生の時から「コスモポップスベスト10」を聞いてあこがれ続け,東京で暮らすようになったら絶対に見に行くのだと思っていた「TOKYO FM スペイン坂スタジオ」に,東京在住7年目にして初めて行ってみたわけである。ただしその目的は洋楽アーティストではなく,ロッチであったが。番組が終わる30分前くらいにスタジオ前に着いたので,既に人垣が3列くらいにわたってできており,放送中は全くと言っていいほど見えなかったが,2人がスタジオのブースを出る時にばっちり立ち会えた。なんとか立ち寄った甲斐はあったので満足。
私は今日行けなかったが書評紙のお仕事も始まっていて,次号の特集は「換」。このテーマで書評するわけだが,社会科学を専攻する人間としてさしあたりぱっと思いつくのは,やはりハーバーマス『公共性の構造転換』にポランニー『大転換』といったところである。しかし私には畏れ多くもこんな古典を書評する自信はない(そんなことを言っているから,いつまで経っても批判的に論ずる力が付かないのだが)。さて,どうするか。最近ようやく,こんな私にもプロ意識(?)の欠片が出てきて,曲がりなりにも公の場で書評を書いている以上,独り善がりだったり,ただ書評がしやすいだけという理由で書評をするのはよくないと思うようになってきた。存在意義のある書評,すなわち人から求められる書評とは,大まかに言って次のような書物についてのものになるだろう。

  1. 話題作,新刊
  2. 書評され,紹介されるべき価値ある書物
  3. 読むに値しない書物

中でも書評を「読む」側として考えた時,真っ先に読みたいのが1.の「話題作,新刊」であろう。「この本最近売れてるみたいだけど,どんな話なんだろう」とか。というわけで今回は思いっきりミーハーに走り,湊かなえ『告白』と森見登美彦四畳半神話大系』で書こうと思います。あくまでもまだ「予定」だが。どこがどう「換」なのかは,おそらく読んだ方にはおわかりだろう。そういうわけなので学内のみなさまは,書評紙見かけたら手に取ってくださると幸いです。学外のみなさまは,おっしゃっていただければお渡しします。どうぞよろしく。
帰宅してメールをチェックすると,科研費の額が内定したので然るべき書類を書くようにとの通知が来ていた。いつもながら,こういうメールは思いっきり迷惑メールに振り分けられていて戦慄する。ドメイン指定などできないのかと思ってあれこれ試したのだが,管見の限り,Yahoo!メールにはそのような機能がないような気がする。どなたか,もしご存知でしたらその方法をご教示いただけませんか。本当に,死活問題なのです。せめて今の私にできることは,迷惑メールの中にこうした最重要メールが紛れ込んでいるかどうか,猥褻な文言の並ぶ迷惑メールの件名と差出人を血眼になって日々チェックすることくらいである。そしてそのせいで私は,毎日露出狂に遭遇しているような不快さを味わっているわけであるが。
さて,もう寝るのです。最近の私の夜更かし癖たるや凄絶を極め,3時台に寝られれば「今日は早寝」と思うほどである。そのくせ昼夜逆転しているわけでもなく,朝は7時半〜8時には起きている。理由は2つあって,1つはあまり遅く起きると自暴自棄な気分になってその日1日を棒に振る可能性が非常に高いため,もう1つは朝ドラ『ゲゲゲの女房』で向井理さん(あまりの完璧な美青年ぶりに思わず敬称が)に拝謁し,エナジーチャージするためである。しかしこの睡眠時間が続くと,さすがに午前中がまったく使いものにならない。起きてはいるが,ほぼ「意識がある」だけに等しい。というわけで私はついに目標を立てた。目標1時台まで,遅くても2時台までに就寝すること。しかしこれを今日達成するためには,あと3分以内にベッドに入らなければならない。やばいやばい。夜更かしをしないというのは,高い計画性が必要とされることであるらしい。