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ソラニン

読書

ソラニン 1 (ヤングサンデーコミックス)

ソラニン 1 (ヤングサンデーコミックス)

ソラニン 2 (ヤングサンデーコミックス)

ソラニン 2 (ヤングサンデーコミックス)

漫画というより小説みたいだった。ストーリーは結構正統派だが,ただの「よくある話」になっていない。そういえば今まであまり触れてこなかったけれど,大学生や大学時代を扱った小説や漫画って,あまり読んでいて外れがないということに気づいた。出来がいいのだろうか,それとも私自身大学生(院生ですが)だから共感しているという単純な理由なのだろうか。ストーリーの本筋とはほとんど関係ないが,ビリーの家の薬局に置いてあるマスコット「ゲロちゃん」をポストと間違えて毎日葉書を投函しようとしている,ちょっと認知症がかったおじいちゃんのエピソードがとても印象的で素敵で,じんわり心に残った。泣くかと思った。コンパクトにまとまっていて(全2巻),物語の完成度が非常に高いので,映画化は当然の流れだっただろう。たぶん映画はDVDで見るか見ないかといったところだと思うが,種田のお父さんが財津和夫というのはかなり天才的なキャスティングだと思う。どっちかというと苦手なタイプの絵だったので,種田のほかにビリーと大橋くん,3人の男性から想いを寄せられるほど,それも一目惚れされてしまうほどには芽衣子が魅力的に見えなかったのが残念だったのだが,よくよく考えるとこれは,「あの子,私は特に可愛いとは思わないんだけど,不思議となんかモテるよね」というやつかもしれない。だとすると映画版の宮崎あおいはちょっと可愛すぎな気もするが。
ところで,種田と芽衣子が同棲していたところというのは,小田急沿線,「東京と言っても向こう岸はもう神奈川」(1巻p.170)という作中の情報から推察するに,私が駒場時代暮らした和泉多摩川である。2巻の終わり,「向こう岸の1DKに引っ越すことにした」芽衣子が,「決めた理由は急行が止まってちょっと便利かも」だと言っているから,おそらく引っ越し先は登戸だろう。当たり前といえば当たり前だが,東京に住むということは日本で生まれる多くの物語の舞台に住むということでもあって,架空の存在である作中人物と自分が同じ街の同じ風景を見ているというのは,いまだにちょっと不思議な気分である。例えば『冷静と情熱のあいだ』を読んでいた高校生の時は,フィレンツェもミラノも豪徳寺祖師ヶ谷大蔵も私の中ではすべて同じだった。小田急の沿線に住むことになって実際に生活の中でそれらの地名を目撃した時は興奮を禁じ得なかったものだ。東京の光景なんて渋谷や新宿の雑踏くらいしかイメージできなかったあの頃と違って,今は作中に実際の地名が出てきたら,具体的にその場所を思い描いたりすることができる。そうすると,その物語がちょっと身近に感じられるようになる。今回も,小田急沿線の住宅街の雰囲気を久しぶりに思い出した。和泉多摩川,単なる住宅街である上に店が少なすぎて不便だったし,そもそも住んでいたアパートが嫌いで早く引っ越したいとばっかり思っていたし,おそらくはもう行くことはないと思うが,懐かしくなった。