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3年目の堕落くらい

つれづれ

先日の教養学部2年生を対象とした文学部ガイダンスにおいて,我々西洋史学研究室は栄えある「ベスト・プレゼンテーション賞」を受賞したとの一報が届いた。大変喜ばしいことである。商品とはいかなるものだったのか,今度研究室に行ったらついでに尋ねてみよう。
さて翌週月曜はイェイツ読書会で「アダムの呪い(Adam's Curse)」という詩について発表するのだが,昨今の例によって,報告が2日後に迫った今もまだまだ準備が終わらないという憂き目を見ている。この間のゼミ発表の時も前日に死ぬ思いで準備を片付けた。しかしこんなこと,今まではなかったはずである。いったいいつから,私はこのように怠惰になってしまったのかと愕然と考えていて,その理由みたいなものはぼんやりとであるがわかった気がした。どうも大学院に籍を置いて3年目になると,院ゼミというものの準備にかかる最短時間がどうもわかってしまったような気がする。要は悪しき「慣れ」である。こうなると学校に近いところに住む人ほど遅刻率が高いというパラドックスとほぼ同じような理屈で,大学院に籍を置いて年月が経てば経つほど,あたふたと準備をするということになりかねない。大学院フレッシュマンの頃は,もうとにかく院ゼミでの発表というものにイメージが湧かず,しかし学部に比べて果てしなくレベルが高いことは確かであることはわかっており,さらには博士の先輩方が華麗なるご発表をなさるのを聞いてますますプレッシャーがかかり,自分の発表ともなると1ヶ月くらい前から準備を始めることもザラであった。それが今や何たる堕落。情けない。
もちろん,期限/納期に間に合わせれば,1ヶ月前に出来ていようが1時間前に出来ていようが同じであるという考えもあるだろう。しかしその質の差は歴然だし,そもそも精神衛生という点で見れば,前者の方が大いに衛生的であるのは間違いない。そして私はその方が好きである。次回からは心を入れ替えようと思います。今回はそんなことを言っても夢物語にしかならないので,精々ギリギリまで粘ります。