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第60回西洋史学会大会2日目

余暇

2日目の今日は会場が別府大学に移り,朝から自由論題報告。とはいえ今回,私の専門に直接関係のありそうなものはあまりなかった。

自由論題報告

10時から研究室の先輩のご発表。ローマ時代ガリアのお話で,今回伺った中では最も縁遠いと言ってよいのだが,しかし古代史なんてゼミにも出たことがないし,中世史とも近世史ともまた違う古代史の研究に触れることができて非常に興味深かった。古代史は史料の数なども絶対的に限られていたり,その史料すらも欠損があったりしていて,余計に想像力を働かせなければならなさそうで,英語でしかも印刷された史料が大量にあるのが当たり前である近現代史の私にしてみれば,どんなに研究が大変か想像もつかない。もっとも,中世史の同期KIDくんに言わせれば,彼は「ラテン語じゃないと史料読んでいる気がしない」らしく,したがって私が使っている史料など新聞程度にしか見えないそうだ。いろいろな見解があって面白いもんです。まぁ,近現代史は逆に史料が多いということこそが大変なこともあるのだけど(私は未経験だけど)。
次は特に何も予定がなかったのだが,せっかくなので時代の近いところの,しかも私の研究手法に近いものを聞けば参考になるだろうと思ったので,「慈善と医学のあいだで―20世紀初頭ドイツにおける「クリュッペル(肢体不自由児)」救護事業とその論理」を拝聴。これが面白かった!史料批判もかなり緻密になされているし,分析も細やかで,とても参考になりました。「クリュッペル」とは日本で言うところの「片輪」「不具」とかに相当する不適切用語で,したがって普通に考えれば「クリュッペルハイム」なんて名前を施設に付けたら誰も入らなくなるから付けられていなかったのだが,それがある時期を境に「クリュッペルハイム」という名前を冠する施設が急増する。その理由は救護の論理に,医療的なものに加え,社会的なものも入ってきたためであり,寄付を募ったりするためにはインパクトのある言葉を使わねばならないという戦略的な理由によるものであったという分析であった。「慈善事業じゃないんだから」などという言い回しもあるが,慈善事業であっても戦略や経営は考えなければならない。当たり前のことだが,史料の表層から読み取れるところだけではなくて,掘り下げて実際的な側面も考えなければいけないなぁと思った。私自身,修論ではあまりそれができていない反省もあって。

パルファム

午後は小シンポジウムが3種類あったのだが,特に行きたいものもなかったので,先輩にご一緒いただいて,2人で「大分香りの博物館」へ。別府大学の付属施設(?)ということなので,まぁ駒場の博物館とかあんな感じのだろうと高をくくっていたのだが,びっくりするような立派な建物。観光バスも乗り付けており,きちんと別府の観光名所として名を成している施設であるようだった。中もおしゃれで,箱根のラリック美術館を連想した(そういえばラリック美術館にもまた行きたいよう)。

展示もすごくて,香りの原料から各種の香水までものすごく幅広く展示されていたし(麝香など動物系の香りは,原料を嗅いでみると結構な「獣臭」であった),2階の「香りの歴史」はこれまた緻密な記述。香りひとつ取っても,イスラム世界やアジアとの邂逅など,ヨーロッパ中心主義では語れないということがわかり,非常に奥深かった。「○○の世界史」シリーズ,どなたかぜひ「香りの世界史」を。しかしもうここでなされているか。私がお誘いしたにも関わらずミュージアムカフェで先輩にお茶をおごっていただき(本当にごちそうさまでした),時間を見て再び大学へ。シンポジウムも終わり,みなさん片付けを始めていた。

帰京

羽田へ戻るのは最終便だが,空港バスの乗り場まで離れているため,そこまで路線バスで移動し,20分ほどバス停で(コンビニの前だったのでソフトクリームなど食べながら)バスを待ってようやく空港バスへ……乗れたはいいのだが,全国の西洋史研究者たちのチャーターバスと化しており,私たちはもう補助席に座るしかなかった。しかし思いがけず,隣の席の法政大の先生が話しかけてきてくださり,念のためと思って持って行った名刺が思わぬところで役に立った。行きの渋滞はどこへやら,帰りは通常の時間(30分〜40分)で空港に到着。
ほとんど観光旅行と化してはいたが,自分の研究に資する収穫もあったし,シンポジウムも面白かったし,ものすごく充実した地方学会でした。しかし来年は私たちが紀要を作って売らなければならないので,そうも言っていられない。開催地が日大であるのが救いである。松江に続き,楽しい学会が経験できてよかった。