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(500)日のサマー

映画

昨日は研究会報告,今日はアイルランド語(しかも訳の当番)と,なかなかハードだったこの土日だが,ついにそれも終わってとりあえずは解放された。ということで,『(500)日のサマー』を鑑賞。なぜだか公開中は(私の大好きなジャンルであるにも関わらず)食指が動かず,しかしそのあと各方面(特に男性諸氏)からびっくりするほどの大絶賛を受け,DVDリリースと同時にレンタルショップに駆け込んで誰も触れていない新品のDVDをむしり取った代物である。あー,ひさしぶりにやった,新作レンタル。
なんというか素直に,トムくん不憫だった。もうなんていうか,いろいろと正視できないシーンがありました。

上に挙げた,初めてサマーと一夜を共にしてサマーの部屋を出る時の(すでに有名になっている)シーンはまぁ,正視できないながらも秀逸な,さすがはミュージックビデオ出身の監督だと唸らせるシーンだと思われたのだが,しかし私がここで挙げたいのは他の場面である。まず,サマーの気持ちが不安になって妹に相談し,「傷ついてもいいからはっきりさせるべき」と言われて「でも関係を定義づけするのなんて子供じみてる」とかなんとか言うトムくん。ああ,関係を定義づけする自信がない人が一番言いがちな台詞。もはやこの時点でトムくんの敗北というか従属は決定的なのだが,そのあとサマーの部屋でまたサマーが「私たちは友達」とか言い出したのについにキレ,「誰がどう考えても僕たちは恋人だ!」と激昂するトムくん。気持ちはとてもよくわかるのだが,真剣に付き合う気が全くないことを公言すらしているサマーに最も言ってはいけない台詞である。それから,サマーの気を惹こうとして,サマーが通りかかるのに合わせてデスクでわざわざザ・スミスの曲を流すトムくん(そしてもちろん素通りするサマー)。関係がぎくしゃくし始めた頃,デートで「これからどうする」という話になり,「君の部屋に行きたいな」というトムくんと「映画を見たい」というサマー。これも関係がぎくしゃくし始めた頃,友達に紹介してもらった女の子とデートして(サマーが諦められないうちからデートなんかするんじゃない!)案の定ぐだぐだと泣きごとを連ね呆れられるトムくん。ああトムくん。
サマーは正真正銘ビッチなのだが*1,まぁでもこの映画を見る上でトムくんにばかり感情移入するのだとたぶん面白みを欠く上,ひょっとすると「マジョリティ/抑圧者への批判的なまなざしとセットになった,マイノリティへの『無邪気な』自己同一化」*2ですらあるかもしれない……と言うのは言い過ぎにしても,たぶんこういう人って,男女の別なく結構いるのである。別れ際,「あなたが正しかった」とか「君といた時間は俺にとって必要だった」とか,余計なひと言を言ってフラれゆく者の神経を逆撫でし,あまつさえ大いにそれまでの思い出に泥を,しかも海藻泥パックみたいな綺麗な泥じゃなくてヘドロみたいな汚泥を塗りたくっていく人とか,聞きもしないのに今のパートナーとの出会いがどんなに運命的でどんなに素晴らしいものだったかを夢見がちな瞳で語ってくださる人とか。そして,これはサマーが可愛いからとかそういう問題ではなくて,別に誰でもサマーになりうるんじゃないか。「誰とも真剣に付き合う気がない」人が結婚する時にはそれを180°引っくり返して「この人が運命の人」と思うことも,まぁあるんだろうなと理解はできる。問題はそれをわざわざ相手に言うか言わないかだけのことであって。最後にサマーに会った時(ここでサマーに「今の旦那様との運命的出会い」について聞いてもいないのに話されるわけだが)のトムくんの言葉にならない感情たるや如何と思われるが,一方でトムくんはあの時ようやく,サマーを吹っ切ることができたのである。しばらくもやもやはするだろうが,せめてもの救いである。何も言わずにただただ微笑んでサマーの話を聞いてあげたトムくんは男だ。もはや何も「言えなかった」のかもしれないけど。
この映画ではトムくんのロマンチストっぷりがかなり強調されてはいるが,一方でサマーも結構現実離れしているんじゃないかと思った。「真剣に付き合わない」ことを双方が合意して付きあい続けることなんて相当困難だし,ああいうことを言っておきつつ実は誰よりも「運命の恋」を待ちわびていたんじゃないか。そしてこれは一番よくあることだが,「別れてもお友達」幻想である。この妙な幻想があるばかりに,人を袖にする時に中途半端な優しさを見せて結果的に最も残酷なことをしてしまう人のなんと多いことか。相手の心にトラウマを残すような余計なことは言わなくても,せめて自分から別れを告げるのなら,悪役に徹する覚悟は持って別れに臨むべきである。みなさん妙に別れを美しく演出しようとしすぎですよ。そんなに嫌われるのが怖いかね。
しかしビターで皮肉に満ちていて,最近の映画の中では本当に珠玉の名作と思われました。ラブコメは予定調和の定石こそが魅力であり,観客の大半がそれを求めて映画館に足を運ぶのもまた事実なのだが,デザートビュッフェの中にも軽食があってほしいのと同じで,たまにはこういうピリ辛系の作品も観たいですよね。「腐れ縁の/いがみ合っている男女が最後はくっつく」の定式に縛られ過ぎて,ええっその過ち/欠点まで受け入れちゃいますか?というような作品も少なくはないので(例:『お買いもの中毒な私!』)。ぜひ今後は一定数このような作品が増えてくれることを願いたい。もっとも最初に"This is not a love story"とのアナウンスが入るにも関わらず,レンタルDVDでは思いっきり「洋画ラブストーリー」に分類されているのは皮肉な話だが。
ところでひとつ心配なことがある。サマーと別れ,オータムという新しい女の子を見つけたトムくんだが(さしずめ「夏美」から「秋子」へといったところか,じゃあ次は「冬美」?),もしかしてサマーと別れたことで妙なペシミズムが身についてしまい,今度はトムくんがサマーのようになりはしないかということである。「もう恋なんてしない」的な。たぶんそれが一番もったいないことなので,どうにかトムくんがロマンチストな面を残してくれているよう祈りたいところである。
ヒース・レジャーの恋のからさわぎ [DVD]

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トムくんを通り越してもはやジョゼフ・ゴードン=レヴィットがあまりにも不憫だった方は,こちらをどうぞ。シェイクスピアの『じゃじゃ馬ならし』を原作として現代に置き換えた,おさまるべきところにすべてがおさまる正統派ラブコメです。

*1:余談だが,最初に出てくる「この映画はフィクションです」の文句がとても面白かったので,ご注目あれ。

*2:尹慧瑛著『暴力と和解のあいだ 北アイルランド紛争を生きる人びと』法政大学出版局,2007年,4頁。