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だぶりん物語:蜂起編

余暇

I want to join the Rebellion tour!

昨日グレイスさんにゲーリックリヴァイヴァルを研究していることを話すと,「絶対(definitely)1916ウォーキングツアーに参加するといいよ!」と教えてもらったので,さっそく調べて参加することに。
 
ツアーの集合場所はウィックロウ・ストリートの「インターナショナル・バー」。"I want to join the Rebellion tour(蜂起ツアーに参加したいんですけど/反乱に加わりたい)!"という,よくよく考えればヤバいことを言うと,名物ガイドのローカンさんが1916年イースター蜂起の背景知識の書かれたリーフレットをくれ,パブの中で待てと言う。インターナショナル・バーはもういかにも「パブ!」という感じのパブであった。酔っぱらったおっちゃんがBritish Railwaysのアナウンスの真似を始めたり(どこでもあるのね!)。

さてさてツアーに出発です。写真はツアーにはそう大して関係ないけどトマス・ムーア。アイルランド民謡を多く作った方です。
グレイスさんの英語に比べて,ローカンさんの英語は速い!英語圏での生活も4日目になり,実は不遜にも英語に自信が芽生え始めた頃だったのだが,一気に打ち砕かれた。

頭にハトをいただいても威厳を保ち続けるこの方は誰でしょう?ヒントはこの方の通称(?)"Emancipator"。

はい,ダニエル・オコンネルですよー。わからなかった人は教科書と用語集に線。
 
それにしても天気が悪く,傘をさしてツアーをめぐるのは面倒だったのでフードをかぶったのだが,途中本降りになったりもして嫌だった。写真はアイルランド労働運動の祖,ジム・ラーキン。碑文はおなじみパトリック・キャヴァナ。

GPSでもGTOでもなくて,GPO(General Post Office,中央郵便局)。反乱軍はここに立てこもり,そしてここで共和国宣言がなされました。1916ツアーにおいては聖地のような場であろうと思われる。みなさん『マイケル・コリンズ』を見てください。

フォー・コーツ。独立戦争時に破壊され,中の貴重な文書は燃やされてしまったとのこと(なんと野蛮な!)。これについてもみなさん『マイケル・コリンズ』を……。
今回のツアーは1916年に関係あるものだけだったので,周る場所の数自体はヒストリカルウォーキングより少ないけれども,とにかくローカンさんがしゃべるしゃべる。とめどなくしゃべる。しかもところどころ笑えない(みなさん大爆笑だったが)ブラックジョークを入れてしゃべる。「彼ら(イースター蜂起のリーダーたち)はアイルランドのためなら死んでもよかったんだ。ほら,アルカイダなんかと同じで」みたいなことを平気でおっしゃる。曲がりなりにも自分たちの住む国の礎を築いた方々をアルカイダ呼ばわり!?とびっくりしたが,まぁでも蜂起やらナショナリズムに対する考え方は,みなさん意外とドライだということの表れなのだろう。
最後,ローカンさんにアイルランド語で「ありがとう」と言ったら喜ばれた。集合のとき,「こんにちは」も言えばよかった。これからキルメイナムに行きたいんだと言うと,タクシーを停めてくれた。感謝感激。

キルメイナム


さてさて,公定(?)1916ツアーのあとは,私的1916ツアーへ。キルメイナム刑務所。ここは主に政治犯を収容していた刑務所です。5日前にマルセイユはイフ島に行ったけれど,ここに比べればイフ島はもう少しのんびりしたところだったかもしれない。それほど,結構な恐ろしさを持った場所です。近代の刑務所というのはやっぱりすごいわ。

刑務所のチャーチ。蜂起の実行犯のひとり,ジョゼフ・プランケットは同じく収監されていたグレイス・ギフォードとここで式を挙げ,その3時間後に銃殺されました。10分間だけ,警察の立ち会いのもとで一緒にいることを許されたとか。悲しくも美しい話でしょ。
 
ここが政治犯の独房のあるウィングなのだが(蜂起リーダーズももちろんここ),絶対に入りたくないと思われる暗さ。のぞき穴からカメラを向けた写真(左)をご覧いただければおわかりになるかと。

独房。

あーっ!! パーネル!!
いきなり私が(ガイドツアー参加者の中では私だけが)目を輝かして写真を撮ったので,ガイドのオーラさんが怪訝そうな顔をして飛びのいた(写真に入るのを避けるため)。「ありがとう,わたし卒論をパーネルで書いたの!」と言いたかったところを,興奮のあまり英語がぶっ飛んでしまい,"Undergraduate, I wrote degree!!(大学生,私学位を書いた!)という,自分史上もっともブロークンな英語が口から飛び出したのにはびっくりした。何言っとるんだ私は?しかしオーラさんはさすがプロ,私の言いたいことをくみ取ってくれ,しかも「このガイドが終わったら連れてきてあげるよ*1」とまで言ってくれた!わーいわーい。

かわってこちらはパノプティコン式の独房。
 
中の様子。当時はおそらくこんなに明るくはなかっただろうが。

独房から外を見る。

のぞき穴がこの通り目の形になっていて,これによって囚人らに「いつも見られている」という意識を持たせていたのだとか。

先ほどのグレイス・ギフォードさん,10分間だけのジョゼフ・プランケット夫人。
 
中庭。リーダーたちはここで銃殺された。リーダーのひとりジェイムズ・コノリーは足を負傷していて,処刑当日は立つどころか体を起こしておく力さえなかったため,椅子に紐でくくりつけられて銃殺されました。

今の私たちがあるのは彼らの犠牲のおかげである,という意味の旗らしい。

さて,ツアーは中庭で終了。しかし私はさきほどオーラさんが提示してくださったナイスなオプショナルツアー「パーネルの独房へ行こう」に連れて行っていただくため,わくわくしながらオーラさんの手が空くのを待つ。そして再びパーネル部屋の前へ到着。

……あら?……いや,パーネルがキルメイナムで破格の待遇を受けていたのは知っていたけれど(形だけの逮捕なので),ここまで?唖然としながら,とにかく広い広いと言っていたら,オーラさんが説明してくれた。

  • 写真に写っている女性はリポーターで,パーネルは取材を受けているところ。
  • そもそもここには2週間しかいなかった。
  • 食事はレストランから毎日オーダーしていた。

……なんかもう,パーネルを嫌いになりました。処刑された1916年のリーダーたちがあまりにかわいそうだわ。ああ,がっかり。そもそも部屋に暖炉までついているなんて。
しかしそれでもやっぱり,自分が多少なりとも勉強した人の足跡が見えるというのはとてもうれしいものです。協定のひとつでも結んでやろうかという気になった*2。見学のあとはオーラさんに丁重にお礼を述べて,ミュージアムを見学した後,グッズまで買って帰ってしまった。蜂起のリーダーたちの遺言集(8ユーロ)と絵葉書いくつか。カフェも併設されているとのことで,監獄のカフェってのはどんななんだ,きっと監獄バーみたいな感じに違いない!とわくわくしながら見に行ってみたら,なんのことはない普通のサンルームであった。

「世界3大おっぱい像」にランクインしている(寮のお姉さん談)というモリー・マローンの前を通って帰りました。いつも人ごみができているのだが,やっと写真が撮れた。
私の滞在形式はいわば「間借り」なので,ふつうに住んでいるのと同じように自炊しているのだが,ウォーキングツアーとかキルメイナムとか行った帰りに「今日は何作ろう」とか考えながら帰る日がくるとは思わなかった。変な感じです。
おまけ:今日もっとも印象に残っている会話,オーラさんとキルメイナム見学の子供たち。

子供:「ここ夜は怖いの?」
オーラさん:「夜いたことないから知らない」
子供:「おばけ出るの?」
オーラさん:「さあ,なんなら入ってみる?私鍵持ってるわよ」
子供:「やった!学校行かなくていいんだ!」
オーラさん:「ああ,学校には毎日送って行ってあげるから大丈夫,約束する(I promise)。」

アイリッシュは冗談めいた掛け合いが大好きです。

*1:パーネル部屋の見学は私たちのツアーには組み込まれていなかった。

*2:「キルメイナム協定」:パーネルが自分の釈放を条件にグラッドストンと交わした法取引。