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いぎりす物語:コロキアム編

余暇

今日は今回の旅のハイライトのひとつ,IHRのコロキアムでした。
とはいえ,IHRはおろか,ロンドン大学に行ったことがない。今回お誘いして同じく参加なさることになった,ダブリンでお世話になった先輩もIHRに行ったことがないという。先輩はブリティッシュ・ライブラリーで午前中調べものをなさっているとのことで,じゃあ12時に待ち合わせましょうというお約束であった。ということで「待ち合わせ場所」のブリティッシュ・ライブラリーへ。というかブリティッシュ・ライブラリーに来るのも実はこれが初めてであった。
 
しかし待てど暮らせど先輩はいらっしゃらない。むしろ,全く偶然に指導教官にお会いする(おひさしぶりです!)。おかしいおかしいと思いながら待ち続けたが,先輩の姿は見えない。携帯もつながらない。はて。どうしようか迷ったのだが,レジストレーションの時間も迫っているし,ごめんなさい,と思いながらひとりでIHRへ。

インセプション』のクリストファー・ノーラン監督やコールドプレイを輩出したロンドン大学(ただし彼らはUniversity College London)。ロンドンの中心部にそびえたつこのSenate Houseの中にIHRがあります。
コロキアムはものすごいカンファレンスルームみたいなところで開かれるものと勝手に想像していたのだが,意外に小ぢんまり(?)した部屋で行われた。1つめのセッションがイギリス史研究の日本人学生4人,2つめのセッションが日本史研究のイギリス人学生4人による報告。イギリス史の方は17世紀から20世紀末まで結構幅広かったが,日本史の方はすべて第二次大戦中〜戦後(つまり,多くの学生が日本史で最も苦手としたであろう時代)。案の定,「1660年から1800年にかけ,イギリスのエリート女性が離婚のために法廷をどのように利用したか」とかのご報告は目を輝かせて聞くくせに,「佐藤栄作とアメリカ」とかのご報告は口を半開きにして聞くといった有り様であった。自国の歴史なんてよくよくわかっている,との勝手な自負を持つのはいけないことだが,かといって自国の歴史の専門的な話に全くついていけないというのはこれまたいけないことであろうと反省した。
コロキアムはすごく面白かったのだが,上述の通りであまり専門の時代が重なっている人がいないこともあり,質問や指摘は主にフロアの先生方からばかりだったのが残念といえば残念だったような気がする。17世紀や18世紀,あるいはそれ以前の時代でもいいのだが,戦時以外の日本史をやっている学生はあまりいないのだろうか。
コロキアムのあとはコモンルームでレセプションがあり,そのあと中華料理でお食事。前述の「佐藤栄作とアメリカ」はUCDの学生によるもので,彼とお知り合いになれたのが私にとっては今日いちばんの収穫であった。佐藤栄作日記を史料として使ったという彼は日本語が流暢どころの騒ぎではなく,日本語を話す欧米人によくある訛り(ワターシハー,みたいな)ともまったく無縁であった。来年からUCDに留学したいと思っていると話すと,専門の時代が近いUCDの歴史学科の先生もひとり教えてくれたので(お会いしなかったのが大変悔やまれる!もう一回アイルランド行って来ようかな!),さっそく日本に帰ったらメールを送ってみようと思う。
ところで,私がこのように実りある会話をしているすぐ隣で,件のダブリンの先輩はある関西系イタリア男性(日本人)から滔々と口説かれており,まったくもって生きた心地がしなかった。たとえば興味のない人に口説かれるのと,自分が黙々とご飯を食べている横で男性が女性をまさに落とさんとがんばっているのとでは,どちらが居心地が悪いものでしょう。リーブミーアローン。