読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

マンチュリアン・リポート

読書

マンチュリアン・リポート (100周年書き下ろし)

マンチュリアン・リポート (100周年書き下ろし)

先週忍野へ遊びに行った時,夕食にはともちゃんお手製の関西風お好み焼きをいただいたのだが,場のなりゆきでinashoさんのご同僚の方ともご一緒することになった。その同僚の方にはともちゃんとinashoさんが簡単に私の紹介をしてくれたのだが,当然の流れで最近ヨーロッパに行っていたことにも言及され,そうなんですよもう日本食に飢えちゃって,という話をしていると,ともちゃんが一言「(私が)3週間,お風呂にも入ってないんだって!」。もちろんこれは,3週間お湯を張ったバスタブに入っていないということを指します。幸い同僚さんは「ヨーロッパではそんなもんなのかなと思った」と冗談にしてくださったが,いやぁ焦った。語弊どころの騒ぎではない。そこで出た例えが「シベリア鉄道かなんかで行ってたみたいだよね」。
というわけで(というわけでもないが)鉄道つながり,浅田次郎蒼穹の昴』シリーズ最新作『マンチュリアン・リポート』。普段なら絶対に新刊小説を,しかもハードカバーでなんて買わないのだが,書評のお仕事のしめきりが近づいているので仕方なく,購入して読んだ(図書館では25人の順番を待たなければならなかった)。
同シリーズの『珍妃の井戸』はいわゆる「信用できない語り手」の手法が用いられており,今作『マンチュリアン・リポート』もそれに似ているといえば似ている。ただし今作では語り手は2人,昭和天皇の密使として張作霖爆殺事件の調査を命じられた志津邦陽中佐と,満鉄蒸気機関車「鋼鉄の公爵」(!)であり,この2人の視点からの物語が交互におさめられるという構成になっている。志津中佐による「満州報告書(A Manchurian Report)」と,「鋼鉄の公爵」による「鋼鉄の独白」。特に後者は,「鋼鉄の公爵」が張作霖を乗せて奉天へと向かう,いわば「死出の旅立ち」の回想であるため,緊迫感なしには読めないのだが,その一方で,「公爵」とイギリス人棟梁の会話,また道中の張作霖との会話には,既に死を予感しているようなものもあって,旅の間「時速20マイル以下」と定められた機関車のスピードにふさわしく,どことなくスローモーションな情景が思い描ける。来るべき悲劇を知りながら読むのは辛いのだが,「満州報告書」を読んでいる時は志津中佐と同じ目で「満州某重大事件」を追いかけながら,「鋼鉄の独白」を読んでいる時は最後の旅を楽しみつつ爆発の瞬間をどうかもう少し延ばしてくれるようにと祈りながら,それぞれの世界にどっぷり浸ることができます。
史実の部分も,日中関係が不穏なこの時期にあまり詳しく書くことは避けたいのだが,題材が題材なので,とにかく少なくとも高校日本史(・世界史)の知識のある人間には興奮のあまり鼻血が出そうになるようなディテールに充ち満ちています。少なくとも私はこの興奮を,とりあえずは来週あたりともちゃんと分かち合うことで鎮めたいと思います。ふー。