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何をもって「地球が形成された」と見なすのか

学校

ちょっとしたくだらない理由により,今学期は理学部で開講されている学部の講義「地球史」を受講しなければならない,というのは先日この日記に書いた通りなのだが,今日はその第1回であった。
理学部には教務課に行ったことがあるだけで(教職の単位の関係で),もちろん授業など取ったことがなかったので,安田講堂の景観をぶち壊しているとの悪名高いあのビル,階上に上がるのはこれが初めてであった。外から見るとどういう構造かよくわからないのだが,西棟と東棟と中央棟に分かれているようだ。私は西棟から入ってしまったのだが,教室は中央棟にあるとのことであり,たどりつくまで若干心細い思いをした。道すがら通りかかる研究室には,どこも原子力だの核エネルギーだの,人文社会系研究科の人間には最も縁遠い単語がいくつも掲げられているのである。そこいらの扉から鉄腕アトムが顔をのぞかせても驚かなかっただろう。
今日は初回だが,行ってみるとさっそく授業が始まっていた(遅刻した)。今日は「地球形成と初期地球環境」がテーマ。地球はいつ形成されたのか。それを調べるためには同位体比変化を利用する。(地球の鉱物である)鉛の同位体から推定して45億5000万年前,月の形成が最古の月表面の岩石から45億6200万年前と考えられるため,地球の形成は45.5億〜45.6億年前と考えられる,ふんふん,と授業を聴いていたところ,先生が「ところで,何をもって『地球が形成された』と見なすのでしょうか。今の状態の99.9%くらいまで出来た状態をもって,でしょうか」とおっしゃった。あー,言われてみれば確かに。先生はさらに続けた。

この,何をもって「地球が形成された」と見なすか,という定義にはコンセンサスがありません。
考え出したら夜も眠れなくなってしまうんですが……

びっくりした。「地球の形成をいつと定義するか」なんて,地球物理学という学問の根本に位置しそうな問題なのに,コンセンサスがないのね。そもそも年代決定法自体完全なものではなく,放射性元素では測れないものがほとんどで,ごくわずかの測れたものからのみ年代を定めているのだという。私たちが普段やっている学問というのは定義第一主義的なところがあって,「ここでいう『○○』とは『××』のことである」など,大切なキーワードは常に定義をはっきりさせておかなければならないし,もしはっきりさせておかなければ絶好の弱点となって研究会やゼミでの報告において総攻撃を食らうことになるのである。定義は何か,原語は何か,どう考えてそのように訳したのか,云々。たまに揚げ足取りのようになるのでうんざりしなくもないのだが,しかし誰かと何かを共有しようとする時,まず前提条件が共有されていなければ困ることが多い。学問が違えば手法も違う,というのを思い知った。ついでに「夜も眠れなくなってしまう」は面白かった。私はもちろん,そんなことを考えていてもぐっすり眠れると思うが,先生にとっては夜も眠れなくなる問題であるらしい。のちに一緒に受けていた友人に聞いた話だと,先生は何かの理論の第一人者であられるとのことで*1,しかもまだお若いのに教授であり,私たち院生にしてみれば天高く仰ぎ見る殿上人にあらせられるのだが,そんな偉い先生なのにも関わらず,学問に対する姿勢がまっすぐで本当に素晴らしい。考えていたら夜も眠れないような問題なんて,私にはあるのかしら。
博士1年にもなって,まったく縁もゆかりももちろん前提知識もない理学部の講義を受けるだなんて,と不安ではあったのだが,興味を持てそうな授業でよかった。女だてらに恐竜とか好きなので,いただいた授業予定の中では11月2日〜12月21日の授業が楽しみで仕方ない。特に琴線に触れるものを厳選の上,抜粋してみる。「顕生代の地球環境変動と生物進化」「P/T境界〜三畳紀前期の環境変動と生物の絶滅・進化」「K/T境界における巨大隕石衝突と生物大量絶滅」。ああ!声に出して読みたい!ついでに最終授業の「地球史の中の日本」も楽しみである。この授業を履修することになった時,冗談めかして研究室の人々には「まぁ,一種のグローバル・ヒストリーですよ」と言っていたが,あながち遠くもないのかもしれない。いや,むしろこれが本当のグローバル・ヒストリーですよね。そもそもなぜ,「歴史学」などと銘打っている割に,「専門は古生代です」とか「三畳紀を中心にやってます」とかいう研究者がいないのか(無理難題)。46億年の歴史の前に,人類の歩みなどほんのわずかなものです。そしてその中でも小さいアイルランドの,それもほとんど徒歩で回れるような地域で起こった数十年の出来事を研究している私。人はかわいい,かわいいものですね。

*1:今調べたが,「スノーボール仮説」かしら?