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白い羽で羽ばたいてく 幸せとともに

余暇


3歳から15歳までの12年間を一緒に過ごした大切な友達,まゆの結婚式でした。
今回はレストランウェディングで,いわゆる「式」はご親族だけで済ませており,私たちはパーティーに参加という形だった。会場はLionniという岡山市のイタリアンレストラン。余談だがこのレストランはウェディングにかなり力を入れているようで,HPにはウェディングパーティーのギャラリーもあります(メニューバーの「Wedding」をクリック)。ここで挙式だと聞かされてから,私は何度もこのページを見てテンションを上げたのである。まゆもぜひアップしてね。ちなみに私のお気に入りは「2009年12月6日 堀田様ご夫妻」です。

レストランウェディングはホテルとはまた違った感じでアットホームで,新郎新婦との距離も近くて,これはこれでまたいいなぁと思った。食事はビュッフェ,余興は花嫁の大学時代のご友人によるパラパラ。ブーケトスは会場でできないのでブーケプル(ブーケに何本かリボンをつけて引っ張る),しかもブーケプルも全員はできないので,参加権を賭けて花婿とじゃんけんするレクリエーション付き。じゃんけんに弱い私はもちろん1回戦敗退しました。結婚は遠いであろう。

戦のあと。2回戦敗退した書家・樋口先生(冒頭に挙げたウェルカムボードの作者)。先生は新郎に本気で嫉妬するほどの大親友なのだが,お色直しのために花嫁が退場する時サプライズで「花嫁たっての希望の付き添い役」として呼ばれており,本当にうれしそうだった。よかったねぇ。
 
宴の最後,キャンドルタワーに招待客の代表がひとつずつキャンドルを灯すというコーナー。私も名前を呼んでもらえました。たぶん東京から参加した私に対する花嫁のお気づかいだったのだろうけど,うれしかったです。写真ぶれているけど,うれしかったので掲載。ほんっとーに何も知らされていなかったので,何も考えておらず,ありきたりなことを言って終わりになってしまった(「留学先に遊びにきてね」&「また3人でご飯でも食べましょう」)。私としたことが。今考えれば,あってもおかしくなかった。考えておくんだった……。ごめんよまゆ。

キャンドルが灯され終わったら,新郎新婦からあいさつ。新婦はここにきて感極まり,泣きながら一生懸命話していたが,その涙を隣にいる新郎が拭いてあげていて,ついに私まで感極まった。自分の味方でいてくれる人が当たり前のように隣にいて支えてくれる,結婚ってこういうことなんだなぁと思った。前,舞ちゃんと会ったときに今度結婚式に行くと話したら「うらやましくなるよ」と言われており,でも私相手もいないし,別にうらやましくはならんだろ,と高をくくっていたのだが,こんな幸せな情景を見てうらやましくならない人間がおりましょうか。いや結婚云々よりも,彼女がこんな優しい旦那さんと出会えたということを心底うらやましく思ったし,何より友達として,とても誇らしく思った。本当におめでとう!
このあとほどなくして式はお開きとなり,二次会は岡山駅前のカラオケ。女性陣で「Butterfly」(not 倖田來未)を歌ったり,あっちゃんと「Love so sweet」を歌って改めてお祝いしました。新郎新婦によるデュエット「愛が生まれた日」では,「あなたとならば」の「あなた」がお互いの名前に換えて歌われていたり。いーなー。

本日のマイベストショット。これ,現像してピアノの上に置こう。しかし全員のドレスに垣間見える,私たちの我の強さと言ったら。「絶対誰ともかぶりたくないから」とインポートものだったりセレクトショップで選んだりした子が2人もいた。結果,和製SATCに。でも華やかでいいんじゃないでしょうか。みんなよくお似合いで。さてさて恒例,次は誰じゃろーなぁ(岡山弁ver.)。楽しみ楽しみ。
ちなみに私は帰り,車の中で(みお,送ってくれてありがとー!),友達に「岡山の人なんかもう絶対無理じゃろ?」と言われた。いやいや私はそんなことないよ,と言ったらものすごくびっくりされ,しかもなかなか信じてもらえなかった。私は将来的に岡山に帰るの,アリだと思っているのだが。私はこんな風に,なんか理想が高そうなイメージがあるらしく,実際考えていることを話すとびっくりされることが多いのである。「民間企業の人なんか興味なさそう」とか。そんなことないですよー!というわけで,まずはその壁から崩していかないとね。こんな具合なので,少なくとも私は,結婚にはまだまだ遥か長い道のりを歩かなければならなさそうである。みんな,構わず先に行ってください。留学してしまったら全部には参加できないかもしれないけど,でもみんな結婚する時には言ってね。あなたたちのためなら私は帰国しますから。