読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

イシグロ・コンプレックス

読書

Never Let Me Go

Never Let Me Go

図書館でカズオ・イシグロを借りようとしたらすべて貸し出し中で,まさか「カズオ・イシグロかぶり」で苦しむとは思わなかった,という話を私はひと月ほど前こちらに書いた。珍妙なことがあるもんだと思っていたら,どうも映画化されたようですね。ハリー・ポッターでかぶるとか,『1Q84』でかぶるとか,はたまた『これからの「正義」の話をしよう』でかぶるとかではなく,カズオ・イシグロでかぶるだなんて本当に思わなかった。好きな本が誰かと一致するというの,私はとてもうれしいので,もしやこれは『耳をすませば』的な……と期待してはいなかったが。東京国際映画祭のオープニングフィルムだったとのことだが,公開は2011年春。見に行けばよかった。
で,もうどうせ図書館で借りられないなら,いっそ翻訳なぞ読まずに原文にあたってしまえ!時折しも円高だ!と喜び勇んでAbebooksで注文したのだが(研究者に重宝されているAbebooks,私は私利私欲のために使っている),なんと今度は間違えて実家に配送されていたのであった。つくづく私と『わたしを離さないで』は相性が悪いようである。そしてやっとのこと,先週末実家に帰った時に手に入れたのであった。待ちきれなくてChapter 1まで読んだが,学会は近いは,ゼミ発表は立て続けに2つ予定されているはで,おそらく読了は遠いだろうと思う。冬休みにわくわく読もう。
さて,なんでそもそもいきなりカズオ・イシグロなのかというと,夏に受けていたアイルランドのゼミでの会話がきっかけである。このゼミは文学系なので,出席者6名のうち3名は純粋に文学畑の方々であった。ある朝私が教室に行くと,文学畑の女性2人からいきなり「舞さん,イシグロ読んで泣きますか?」と聞かれた。「いしぐろ……って,カズオ・イシグロですよね」「そうですー。私イシグロ苦手なんですけど,彼女(もう1人の方)はイシグロ読んで泣くって言うから」「えーイシグロ良くないですか?」この時の会話で語られていたのは確か『日の名残り』のことだったのだが,上記の狼狽っぷりから察していただけるように,私はイシグロを読んだことがなかったのである。そうか,ここではカズオ・イシグロは基礎教養なのか。そういえばここは東京大学であった。理系の人にとってもそうだとは思うのだが,文系の人間にとっては特に,何か本の話題が出た時「(まだ)読んでない」というのは非常に不名誉なことである(と私は思う)。まったく興味がないのならもちろん忘れていいのだが,私もイギリスやらアイルランドのことをやっている端くれ,「1945年以降の英文学で最も重要な50人の作家」の1人,しかも日系イギリス人の作家の作品をひとつも読んだことがないというのはちょっと悲しいものがある。そう思ったことがあって,ずっと引っかかっていたのである。ああ,ようやくイシグロ・コンプレックスから解放されそうです。