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日本の近現代史をどう見るか

読書

日本の近現代史をどう見るか〈シリーズ 日本近現代史 10〉 (岩波新書)

日本の近現代史をどう見るか〈シリーズ 日本近現代史 10〉 (岩波新書)

岩波から出ているシリーズ日本近現代史の第10巻にして完結編。この第10巻のすばらしいところは,なんと過去9冊分をそれぞれの著者が1冊に要約してくれているところである。やっほーい。
西洋史をやっている人間にとっても日本史はとても示唆に富むので,どの章も大変面白いのだが,中でも第1章「幕末期,欧米に対し日本の自立はどのように守られたか」がいい。

ハリスは,下田奉行との交渉の席で,次のような態度をとります。「対話書」の記録から紹介しましょう。
傍らにあり合わせそうろう紙,引き裂き,対席の間で投げ出し,居丈け高にあいなり,面色[顔色]を変じ,憤怒はなはだしき様子にあい見え申しそうろう。
ハリス激怒の場面です。<中略>ハリスは,実は度々,激怒しています。

ちょっとこれは面白い(interestingというよりfunny)。かなり面白い。「ハリスは,実は度々,激怒しています。」という文章もとてもいい。読点の使い方が素晴らしい。ハリスが激怒していることが,噛んで含めるように伝えられている。確かにそうですね,ハリス激怒してますね。しかも「紙,引き裂き,対席の間で投げ出し」って。きっと臨席の方々はとんでもなく怖かったに違いないが,想像したら笑える。すごく笑える。
しかしこんなハリスに対する下田奉行の対応はナイスである。

ハリス
一、……すべてお嫌忌なられ,表裏のお取り計らいあい止め申さずそうらわば,不日意外の災い出来申すべくそうろう。
下田奉行
一、右の外,申し聞きそうろう儀は,これなくそうろうや。
ハリス
一、これなくそうろう。

……戦争発言をしたハリスに,下田奉行は,右の発言のように,「外に言いたいことはないか」と聞くにとどめて,交渉をうち切りました。

「戦争発言」とは「意外の災い」のこと。ハリスはこんな風に「そっちがその気ならこちらにも考えがあるよ」という発言をよくしていたらしいのだが,下田奉行はスマートに「外に言いたいことは」とのみ聞いたという。すばらしい。すばらしすぎます。相手が感情的になればなるほどこちらは冷静に,というのは交渉術の基本ですよね。紙引き裂いてまで怒ったのに,「外に言いたいことは」なんて言われたら,ハリスも「これなくそうろう」としか言えないじゃないの。怒ってくれたらこっちのもんだぜ。なのにもう,それに気づかずにまんまと事業仕分けの席で感情的な受け答えをする人のなんと多かったことか。まったく情けない。仕分け人の思うつぼじゃないの。少し脱線したが,これを筆者である井上勝生先生は「幕臣の対応に,軍事力むき出しの発言に対処できる『穏やかな叡知』ともいうべき,『外交の力』があることに気づかされるのです」とまとめていらっしゃいます。「穏やかな叡知」,かっこいい。
でも確かに,「迫る諸外国の前に幕臣たちは無能であり,これが明治維新の原動力となった」という説明を,特に疑うこともなく今まで信じていた気がする。でもこれって,考えてみれば明治維新を必然的進歩の結果ととらえたもので,実はとっても目的史観的である。なるほど,井上先生のおっしゃる通り「私たちは,とかく歴史を偏りなく見ていると思いがちです」が,実は歴史を見る目に潜む偏見と先入観というのは,まだまだ根強いものかも。