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突然ですが,喪中です

おくやみ

とてもとても急な話なのですが,今日14時過ぎ,父方の祖父が85歳で急逝しました。
「急」というどころの話ではなくて,昨日までピンピンしていて,いつものように祖母を連れて県北の鏡野町まで趣味の長距離ドライブに出かけていたし,その帰りにうちの実家にも立ち寄っていたし,しかもその後父と妹と3人でお墓参りに行ったらそこでも偶然会ったのだった。祖母の話によると,今朝も一緒に朝ご飯を食べたそうだ。最後に顔を合わせてから5分くらい経って,祖母が自宅2階の祖父の自室に様子を見に行ったら,いつも座っている椅子ごと祖父が倒れていたらしい。祖母からうちの実家に電話がかかってきたのがそれからすぐで,父と私が駆けつけると(うちから祖父宅は車で5分ほど),祖父が救急隊によって運び出されるところだった。その時ちらっと見えた祖父の顔色は,もう血の気が全くなかったので,私もこれはもしかして,と思ったのだが。父が救急車に同乗して病院に行き,私は祖母に付き添っていたのだが,しばらくして父から亡くなったとの連絡が入った。それからは警察に事情を説明したり(家で急死した場合は絶対にやらなきゃいけないんだそうで)してバタバタしたのだが,その上お正月には火葬場が閉まってしまうので,明日15時の出棺に間に合わせるために慌ただしくお通夜となった。まさかこんなことになるとは思っていなかったもので,私などモコモコのルームウェアのままだったのだが,「何かあった時のために」履いていたフリースのパンツをジーンズに履き替えるだけのことはしていた。今思うとこれも祖父の導きだったかもしれない。
祖父は数ヶ月前に胆管結石を患って数週間入院したものの,ドライブが趣味だったし携帯のメールも絵文字まで完璧に使いこなすし,みんなでご飯を食べに行く時もステーキやら焼肉やらを所望するほどの健啖家で,まさに健康そのものだった。死因は心タンポナーデだったとかで,ほんとうにあっという間だったみたいである。最後の瞬間こそあっと思ったかもしれないが,棺におさまった顔はとても穏やかであった。長患いすることもなく自宅で死ぬことができて,祖父は幸せだったんじゃないかと思う。私もちょうど帰省していたし,父は休みで,妹も家にいて,母もたまたま仕事の昼休みで帰宅しており,みんなが家にいる時だった。年の暮れは暮れだが,私も初七日の法要には出席することができる。この時でよかった,と言うほかない。住まいは別々だったが,私が帰省している時は,毎日のように実家に顔を出してくれた。こちらを読んでくださっている方はもうご存知であろうが,私は大学に入ってからというもの,休みに入るや否やくらいの勢いで,それもほとんど休みいっぱい,帰省していた。そうしていて本当によかった。森鴎外は母峰子の死の翌日,次女・杏奴の発表会だか何だかに顔を出し,「おばあさまが亡くなったのにお父様はこんなところに来ていていいのか」という杏奴に対し,「お父様はおばあさまが生きている間に一生懸命親孝行をしたから,亡くなった後はいいんだよ。たいていの人は親が亡くなった後にもっと親孝行しておけばよかったと嘆くが,愚かなことだよね」と言ったそうである。私は鴎外ほどにはいい孫ではなかったと思うが,それでも鴎外の言う通りだと思います。
さて,みなさまに申し上げておかなければならないことがありますのですが……,数日前の日記を見返していただければおわかりの通り,実はもう年賀状出してしまいました。あまりに突然なことだったので当たり前と言えば当たり前なのだが,間抜けな感じになってしまって。届いた方はなんというか,こういう時この言葉を使うのが適切なのかはわからないが,どうぞご笑納ください。