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東京奇譚集

読書

東京奇譚集 (新潮文庫)

東京奇譚集 (新潮文庫)

帰省から帰った当日はどうせ疲れていて何もできないので,それならば無為無為でも有意義な無為をと思い,食料の買い出しに行くついでに書評紙用の本を選びに行った。次号の特集に合わせて選んだのがこれだった。候補としてはもう1つ,内田百間を考えていて,でも書店の中に見当たらなかったので,締め切りも迫っていることだしと渋々の選択だった。やっぱり私にとって,春樹はどちらかというと苦手な部類に入る。
ところがどっこい(という言葉を初めて使うが),これは滅法面白かった。滅法面白すぎて一気読みであった。と言っても5篇しかない短編集だし,246頁だし,大した手間でもなかったのだが。2時間くらいで十分読めた。特に気に入ったのは「品川猿」。なぜか自分の名前だけを時々忘れるようになってしまった主人公と,高校時代に自殺した後輩の記憶,シリアスな物語を予想していたら一転してコミカルになる。まるで往年の星新一を思わせる作風であった。この1篇だけが他のものとは違う印象の作品だったので,心に残ったのかもしれないが。
この本の中で,心に残った1節。まずは「どこであれそれが見つかりそうな場所で」から(138頁)。

「胡桃沢さん」と私は,天井の一角に向かって,声に出して語りかけた,「現実の世界にようこそ戻られました。不安神経症のお母さんと,アイスピックみたいなヒールの靴を履いた奥さんと,メリルリンチに囲まれた美しい三角形の世界に」

それから「日々移動する腎臓のかたちをした石」から(148頁)。

彼女は名前を名乗った。キリエといった。
「なんだかミサ曲の一部みたいだ」と淳平は言った。

ついでに「品川猿」から(239頁)。

「まあ,焼きごては許してやりなさい」と坂木課長がとりなして言った。「とくに区のマークが尻に押してあったりすると,あとあと責任問題になるかもしれないし」

ところで,これを買う時,レジのお兄さんがなかなかのイケメンであった。ぱっと見て華やかな感じではないのだが,ひょろっと細くて背が高く,白地の七分袖Tシャツに店のエプロン,黒ぶちの眼鏡といういでたちがよくお似合いであった。どこであれ素敵な男性を見かけると心が躍るものである。しかし今日の私では,恋の始まりは望めなかったであろう。ノーメイクにパーマも戻しておらず……もっともこれは近所に出る時はいつもだからいいとして,レジに持って行った本がこの『東京奇譚集』と,

谷崎潤一郎マゾヒズム小説集 (集英社文庫)

谷崎潤一郎マゾヒズム小説集 (集英社文庫)

これだったからである。
ついでだからこの本についても一言。以前,さる男の子とメールを交わしていて,「○○さんは下ネタって平気な方?」といきなり聞かれ,何であれ女性に対してこの質問はなんだと面食らいつつ,「そうだね,センスのいい下ネタなら好きです,と答えておきましょうか」と返したことがあった。何でもない返答だったが彼にとってはアポリアと化したらしく,そのやりとりから2ヶ月ほど経って,「センスのいい下ネタって何だろう,と今でも気になる」と言っていた。蒸し返すほどのことだろうか?と思うのだが,例えば私の考える「センスのいい下ネタ」,谷崎です。要するに,女性に対して下ネタを発するのは,余程自信がない限りやめておいた方が無難だと言うことです。我こそは谷崎より優れた下ネタを発するぞという方は別として。
そういうわけで,次号の書評紙はこの2冊で書くつもりです。