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ソーシャル・ネットワーク

映画


風邪が長引いているし,今日はゼミのあと新年会もあるし,どうしようか迷ったものの,結局行ってしまった。ずーっと前から楽しみにしていた映画。しかし東京国際映画祭には行っておくのだった。痛烈に後悔。
まず,人物描写がとてもうまいなと思った。マーク・ザッカーバーグは色々な点でとても人間味があったし,エドゥアルド・サベリンなんかもう,見ていて痛ましいほどに可哀想であった。この2人がどれほど有名になってもただの大学生にしか見えないというのは,この映画において本当に秀逸な点のひとつなんじゃないかと思う。そしてなんといってもショーン・パーカー役のジャスティン・ティンバーレイク,胡散臭い!彼の胡散臭さは素晴らしかった。彼はなんというか,「留年を繰り返してお金もなくて何をやっているかもよくわからなくて,でも後輩男子たちから崇拝されている先輩」みたいな存在なのだろう。で,その「後輩男子」の中でも,エドゥアルドのような良識的な真面目な子は少し警戒するが,マークのような夢見がちな子はすぐにその魅力に取りつかれてしまうようなタイプの存在なのだろう。なんかどこまで信じていいのかもよくわからないし根拠もなさそうだけど,でもものすごく鋭い(ように見える)ことをズバッと言い当てたりする,そういう「妙なカリスマ性」みたいなものがとてもよく出ていた。ジャスティンやるじゃないか。
それからストーリーの描き方も,『(500)日のサマー』で用いられていたような,時系列順ではなくて過去と現在を行ったり来たりするもの。「いったいどうしてこんなことになってしまったんだろう」という思いが観客にも伝わる。マークがフェイスブックの前身「フェイスマッシュ」を立ち上げる時,エドゥアルドがシステムの元になるアルゴリズムを書くシーンがとても印象的で,訴訟のシーンや言い争いのシーンのたびごとに頭に浮かんでとても寂しくなる。誰もいなくなった会議室でマークがひとりフェイスブックを立ち上げ,元彼女のエリカに「友達申請」をして,延々ページ更新をし続けるシーンは,もうこの映画を集約しているように思われた。ありきたりな感じだけど,やっぱり主題は5億人の人が自由に知り合ったり友達になったりできるシステムを作り上げながら,元彼女と親友というかけがえのないものを失ったマーク・ザッカーバーグの孤独ということになるんだろう。そしてマーク・ザッカーバーグに,観客は自分たち自身の姿を重ねるんだろう。タイトル「ソーシャル・ネットワーク」も,効果的に掛詞の役割をしている。ネット上のSNS(Social networking service)と,本来の「人と人とのつながり(Social network)」。これでタイトルが「フェイスブック」だったら無意味だっただろう。
シンプルで無駄がなく,またテンポもよい映画でした。かといって「楽しい」映画ではないし,見た後はちょっと切なくなるので,できるだけ1人で見る方がいいかもしれません。