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失恋ショコラティエ

読書

一人暮らしをしていて何がよかったって,たいていのことは自分でできるようになったことです。家事はもちろんとして,簡単な家具の組み立て,パソコンの不具合への対処,不動産屋をはじめとする外部との折衝,もちろんゴキブリだってひるまずに無言で殺せます(これはもともとだが)。しかし今日,車のエンジンをかけたのにオーディオがまったく反応しなかった時の絶望感たるやなかった。何度エンジンをかけ直しても反応なし。基本的にメカに弱いので,こうなってしまった時の対処法を「再起動」または「叩く」しか知らない。新婚の友達夫婦を訪ねたりしてもあまり結婚したくはならないどころか,下手すると今しかできない独身生活をもっと楽しもうと決意を新たにしたりする私が,無性に彼氏が欲しくなったり結婚したくなったりするのはこういう時です。こういうのを丸投げする/できる相手が欲しい。しかしそれよりは,私自身がメカに強くなる方がずっと早いように思えてくるあたり,25歳女としてどうなんだろうと思います。

失恋ショコラティエ 1 (フラワーコミックスアルファ)

失恋ショコラティエ 1 (フラワーコミックスアルファ)

失恋ショコラティエ 2 (フラワーコミックスアルファ)

失恋ショコラティエ 2 (フラワーコミックスアルファ)

めっちゃめちゃめちゃ面白いです。要所要所ものすごく鋭い台詞があって,そのたびにいちいちドキッとします。

2次元はアート アートは人生を彩る大切な花
でも恋はアートじゃない 人生そのもの 過酷でドロドロに汚れるものだ

高校時代の先輩・サエコ(人妻)に不毛な片想いを続ける爽太に,アニメオタクのオリヴィエ(フランス人)が「サエコさんはフツーの女だよ(中略)それでも本当に続ける気だったらフリンの覚悟決めるべき」と注進し,「2次元オタクのお前にそんな生々しいこと言われるとは思わなかったよ」と言った爽太に対してオリヴィエが畳みかけた台詞(1巻)。しかもこれ,フランス語なんです。オリヴィエ。フランス語をかっこいいと思ったのは人生で2度目だ!たぶん!

なるほどね。じゃあ敷居を上げよう。敷居高い感じにして。

メインシェフになる爽太のネックチーフを何色にするか考えていて,従業員の薫子さんに「爽太くんは敷居の低そうなところが魅力」だと言われ,よく着ている服の色でもあるオレンジかピスタチオグリーンを選ばれそうになった時に爽太が一言。もちろんこれは,対サエコ戦略。爽太の片想いの仕方,案外みっともなくないのである。だいたいは前述のオリヴィエが鋭いことを言うのだが,爽太自身もたまにすごく怜悧なことを言っていて,爽太のことを好きな薫子さんもろとも読者までドキッとさせられる。ちなみに「敷居を上げ」た爽太の狙いはこうです。

サエコさんはさ,そもそも学年一のイケメンを食い倒すような女だったわけよ。だからね,こっちがあえて敷居を少し高くして,甘い蜜をたっぷり用意して,向こうからこっちに寄ってくるようにいっぱい罠を仕掛けなきゃいけないんだよ。俺はもっと悪い男にならなきゃいけないんだよ。
お店やるのも同じことだよ。こっちからお客さんを追っかけ回すことはできないんだから,向こうから来てもらうしかない。どうしたらお客さんをここに吸い寄せられるか,戦略を立て続けなきゃいけないんだよ。

「モテる相手を好きになったときこそ,追いかけ回すのではなくて逆に自分の敷居を上げよ」というのはなかなか高度な恋愛テクだと思いますが,しかしなぜ爽太,ここまでわかっていながら恋愛がうまくいかないのか,もはや不思議ですらある。まぁ恋愛は不測の要因もいろいろ発生するから仕方ないにしても,ビジネスと恋愛の根本的な共通項までも見抜いているあたり,経営者としてものすごく有能であることが伺えます。弱冠25歳なのに。この漫画の魅力を一言で表すとすれば,爽太が恋愛を通じて男としてもショコラティエとしても成長していく様,ということになるのだろうけど,陳腐なようでいて目が離せない。非常に質の高いBildungsromanとして楽しめます。