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苦しみを突き抜けて歓喜にいたれ

健康

区で受けられる,ある検診を受けに行ったのだが,なにぶん初めてだったので,どんなもんやらと思って行く前に試しに検索してみた。その結果は恐ろしいものであった。

  • 「あまりに痛くて途中でやめてもらった」
  • 「飛びあがるほど痛かった」
  • 「痛いのなんの」
  • 「2日間痛みが残った」
  • 「帰り道で目の前が暗くなった」
  • 「失神する人がいる」

途中でやめる……全うできないほど痛いの?飛びあがる?2日間も痛みが残る?帰り道でブラックアウト?あげくの果てには,し,失神……!?目の前が暗くなり失神しそうになったのはこちらの方である。ある程度の外傷には慣れているし,幼少の頃,中耳炎で耳鼻咽喉科の常連だった私は鼓膜の切開手術にも慣れている。親知らずも4本とも抜歯した。比較的痛みには強いはず。しかし,どれも「途中でやめる」あるいは「失神する」ほどではなかった。き,今日やめとこうかな……ただ問題はこの検診を受ける権利,期限があるということ。今月28日がしめきりなのである。反故にするつもりはない。だとしたらあと1週間弱,死刑囚のような気分で待ち続けることに何の意味がありましょうか。もうここは,前述の恐ろしい感想を寄せた方々が,それでも多く口にしていらっしゃる「でも,病気の痛みよりはマシなはず。検査の痛みは一瞬」を呪文のようにつぶやきながら行くしかない。そう思って出かけたのであった。家から病院までは歩いてほんの5分ほど。その道はゴルゴタの丘を登る時のキリストもかくはあらんやと言わんばかりの恐ろしさに満ちており,病院の自動ドアをくぐる時など一瞬脳裏に「汝等こゝに入るもの一切の望みを棄てよ」の文句が浮かんだ。私の所属は人文社会系研究科欧米系文化研究専攻です。
結構人気のある病院で,混んでいるだろうし,着いてからしばらく心を落ち着ける余裕くらいあるだろうと思っていたのに,案外早く呼ばれた。診察室の前でお待ちください。アケローン川を渡りましょう。そしてついに診察室から声がかかり,ああ,もう,見よ,蒼ざめたる馬あり……。と,緊張と絶望のミルフィーユ状態で診察室に入ったら,問診も検診もあっという間であった。ネットで大仰に騒がれているような痛みもなにもなかった。ハレルヤ!
しかし終わってみると,腹立たしいのはネット上の風評。もちろん鵜呑みにした私がバカだったのだが,とても大事な検診であることは間違いないのに,こんなことをずらずら書かれて誰が「はい,受けます」という気に?もうこうなったら,ネット上にはその検査に対する評判や何やらを一切載せなければ良い(私の今日の日記も含め)。国家が情報統制してしまえ。何も知らない人々が検診に来て,痛いと言われたら病院も「いや,一言も『痛くない』とは言ってませんけど」とかすっとぼければ良いのだ。そして痛がった人は検診後に別室へ案内され,屈強な黒人男性に脇を固められ,「今回の検査について私は一切他言いたしません」との念書をしたためることを強いられるのである。そこまで手荒なことをするのに法治国家として抵抗があるのであれば,サブリミナル効果の使用を限定的に解禁とし,痛みを伴う検査や治療の際には「私は楽しい」「人生って最高!」「うれしい!たのしい!大好き!」などのメッセージをサブリミナルで……以上,危険思想でした。