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英国王のスピーチ

映画


泣いた!
いやーもう,「最後30分間涙が止まりませんでしたー」というよくある映画CMのコメントのような事態,本当に起ころうとは。「『英国王のスピーチ』サイコー」。もちろん近現代イギリス史をやっている人間として興奮するポイントは実に多かったんですけども,それを差し引いても素晴らしい物語でした。話の内容はとてもわかりやすいし,感動させるポイントも見えているし,最後に開戦スピーチなんか持ってこられたら絶対に泣くのはわかっているのだが,それでも案の定泣いてしまうという作り。指導教官の仰せに従い,ジョージ6世とライオネル・ローグについてODNB(Oxford Dictionary of National Biography)で予習してから見に行きました。アカウントとパスワードがあれば東大OPACからデータベースに飛べるので(学外からもアクセスOKよ),これから見に行こうという方はぜひ予習を。もう見ちゃった方はぜひ復習を。
「近現代イギリス史をやっている人間」なんて偉そうに書いたけれども,何を隠そう私もジョージ6世のことは全然知らなかったのである。お兄ちゃんのエドワード8世の「王冠を賭けた恋」が有名でありすぎるもので。王冠を賭けた恋,ロマンチックな文脈で語られることが多いのですが,確かにこれって,ジョージ6世にとってみれば大いなるとばっちりである。特にこの映画はジョージ6世が主人公であるので,エドワード8世は身勝手なバカ兄貴として描かれており,シンプソン夫人もなんだか下品な女といった感じであった。ODNBによれば,ジョージ6世は即位が決まった時「くずおれてむせび泣きながら(broke down and sobbed like a child)」,友人マウントバッテン卿に対して

'I'm quite unprepared for it. David has been trained for this all his life. I've never even seen a State Paper. I'm only a Naval Officer, it's the only thing I know about.'

と情けないことを述べたらしく,その言葉は(内容は全く同じではないにせよ,また語った相手も映画では王妃になっていたにせよ)映画でも忠実に再現されていて私はすこぶる興奮したのだが,ことこの映画でエドワード8世と一緒のシーンを見ていると,ジョージ6世はものすごく立派な王の風格を備えているように見えた。とにかくこの映画ではエドワード8世が色ボケのダメ男すぎるのである。前王ジョージ5世崩御(つまり,自分の即位)の際に「かわいそうなウォリス」と泣き崩れたり,いよいよヨーロッパが不穏な時に有事に向き合おうともせず,スコットランドでパーティー開いて「ウォリスは本物好きだから」などといそいそとワインを選んでみたり。持ちたくないものはろくでなしの兄弟である。
それに引き換え,コリン・ファース演じるジョージ6世の魅力的なこと。私が見たコリン・ファースの中で一番好きです。ジョークは苦手だなどと言いながらも,「(王族と話す時は相手から話しかけられるのを待つべきかとローグに聞かれて)私が話し始めるのを待つと長くかかるぞ」と言ったり,「(スピーチの時は多少間が空いてもその方が厳粛に聞こえるとローグに励まされて)私は史上もっとも厳粛な王だ」と言ったり,ニュース映像でヒトラーの演説を見て「(何を言っているかは)わからないが,とても上手だ」と言ったり,コンプレックスたる吃音をユーモアに変えるお茶目さも持ち合わせていたりする。ジョージ5世はジョージ6世に対して辛くあたりながらも,臨終の際「彼は根性がある」と言い残していたらしいし,ローグもジョージ6世に対して「あなたは度胸がある」と誉めていたが,その根性や度胸というのは,おそらく自分自身のありのままの姿を受け入れ向き合う勇気というものなんでしょうね。特にこの王様は,困難について,それが自分自身のもの(吃音)であれ国のもの(戦争)であれ,逃げることをしなかった。すごく立派な方だと思われます。内気だろうがスピーチが苦手だろうが,国民の敬意を集める立派な王様たる所以はこのあたりにあるのだろう。いろんなところで言われているが,結局王は吃音を「完治」したりしていないというのが印象的。自分の弱いところや醜いところについて,治して消してしまうよりも,向き合って受け入れて生きていく方が難しいし,勇気がいることである。
こうした映画での描かれ方について,演出がものすごく秀逸だった。特にシェイクスピアの引用がいちいち的を射ていて,うまいことやるなぁと舌を巻かされた。さすが本国。最初に王(このときはまだヨーク公だが)がローグのもとを訪れた時に読ませられたのは「ハムレット」の有名な'To be or not to be...'で,「この困難に立ち向かうべきか」はもちろんとしても'to be or not to be'に関しても「王たるべきか否か」,もっと言えば「立派な王になれるか否か」と,これから彼自身に降りかかる運命を暗示しているようにも聞こえる。またローグが受けていたオーディション,役はリチャード3世リチャード3世は王位を渇望しており,またローグはリチャード3世の役を渇望しているわけなので(しかし「イングランド王がオーストラリア訛りじゃね」という理由で落とされる),ここでは二重写しになっているのだが,この「王になりたくてもなれない」者と「王になどなりたくもないのにならされる」ジョージ6世の対比がとても鮮やかだと思った。BGMのクラシック音楽も,これもすでに色々なところで指摘されてはいるが,選曲がお見事です。
そして,脇を固める俳優陣もたいそう豪華。謹厳なるジョージ5世にアイルランドはダブリン出身のマイケル・ガンボン,そして何よりチャーチル役のティモシー・スポールティモシー・スポールは『ハリー・ポッター』シリーズでピーター・ペティグリューを演じていたのだが,そのケチで卑劣な役柄とはうってかわって今回は威厳ある大物政治家,しかしなんとなく油断ならない雰囲気をそこはかとなく漂わせるあたり,ものすごい役者と思われた。イギリスの俳優は,さすが演劇の国だけあって,他の国の俳優とは少し格が違う感があります。
アカデミー賞ノミネートの際には『ソーシャル・ネットワーク』が本命でこちらは地味ながら有力候補といった扱いだったが,これは獲るわ。コリン・ファースも獲るわ。どこをとっても納得なアカデミー賞受賞作,主演男優はひさしぶりな気がします。これは見に行かないと損ですよ。本当に。

おまけ:イギリス近現代史っぽい観点から細々と

  1. ずっとネヴィル・チェンバレンだと思って見ていた首相がボールドウィンだった時にはいささか動揺した。いや,これは私の基礎知識のあやふやさを露呈しているので恥ずかしいのだが,それにしてもボールドウィンて!油断していた!
  2. 出演者はみな,実際の人物にとてもよく似て(似せて)います。やっぱり皆様,ODNBを前もってチェックしてください。
  3. ODNBによれば,ライオネル・ローグはオーストラリア生まれ(ついでに演じているジェフリー・ラッシュもオーストラリア人),エンジニアやら工業学校の教師やら色々とやった上でいきなり言語療法士になっている。映画でもローグは「もぐりの言語療法士」として描かれているのだが,しかしオーストラリアからいきなりロンドンに来るというのはどうしたことなんだろうか。ODNBでは「1924年,最初は休暇を過ごすだけのつもりで家族とロンドンを訪れ,そこで言語療法士のビジネスチャンスを見出して住み着いた」みたいな書かれ方をしていたが,要はロンドンで一旗揚げようと思ったみたいなことなんだろうか(最初はそう思ってなかったにせよ)。アイルランド史をやっている人間としては,オーストラリアからイギリスへ来る人の背景が大変気になるところである。
  4. 上記に関連して,「君は私が初めて話した平民の英国人」「オーストラリア人です」という掛け合いが大変よかった。すばらしかった。
  5. ジョージ6世の開戦演説,本物はこちら。指導教官のHPからお借り(?)しました。訥々としてはいるけれども,真摯に語りかける姿勢が伝わってくる演説です。