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脱稿

学校

研究室では毎年(基本的に)D1が院生紀要を作っている。紀要の内容は大まかにわけて,よりすぐりの卒論数本,東大の内外の先生へのインタビュー,留学体験記,場合によっては講演録といったところ。今年はD1が私を含めて3人しかいないので,できるだけ前倒しで作業を進めましょうと編集長の権限を利用して叫んでいたのだが,みなさまお忙しい中,大変てきぱきと動いてくださった。9月くらいから卒論の査読に着手し,留学体験記の依頼も滞りなく終わり,先日はついに,無事にインタビューを済ませることができた。そして残る大仕事はインタビューの文字起こしであり,3時間強にも及ぶインタビューを3人で手分けしたのだが,私の分は今日終わらせた。私はインタビュアーでもあったので,何がいちばん辛いって,録音した自分の声を聞くことであった。しかも私が担当した箇所というのはインタビューの行程のうちでも即興の質問が多い箇所であり,的外れの質問をしていたり,しどろもどろになっていたりするともう聞いていられたものではなかった。拷問に等しいですよ,これは。特に自分の声がそんなに好きではない人間にとっては。でも嫌だったのも最初だけで,あとは粛々と仕事したのだが。何事も慣れが肝心ですねぇ。
思うに先達がやっていたことを自分がやる段になった時,人は歳月が経ったことを実感するのである。卒論然り修論然り,あるいは結婚然り出産然り(これらは未体験なのでわからないが)。サークルの卒業演奏会なんかもそうでした。しかし私の場合は特に,いざ「自分がやる段」になると,なんやかやと慌ただしく,しかし楽しくて何が何だかわからないうちに終わっていたという感じである。卒論も修論卒演もそうでした。だいたいのことは,案ずるより生むが易しというやつかもしれない。これからもそのようであってくれればよいのですが。まぁ,私はそもそも何事においても案じすぎなので,生むが易いのはほとんど当たり前なのだけど。