読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

無事に東京に戻りました

つれづれ

東京に戻ってまいりました。山手線が大幅に遅れ,大学1年次か2年次以来の「満員電車」を体感した以外は,いたって無事でおります。
部屋は多少ピアノの上に置いていた写真やらペンやらが散乱していましたが,それだけでした。本棚からはアイルランド歴史事典および研究室の院生紀要,所属学会の名簿,書評紙が落下していたが,父が耐震工作をしていたためか,そのほかは何もありませんでした。耐震用に本棚等の下に敷くゲル,百均とかでも買えるはずなので,これから引越しや模様替えを考えているみなさまにはぜひおすすめいたします。大学関係者を中心に「本が散乱」「本で足の踏み場もない」という声をよく聞くので。涼しい顔をしているが,本棚の前にはテレビとしばらく使っていないダイエット用の自転車っぽいやつ(なんていうんだ)が置いてあるので,ひょっとしたら彼らが支えになってくれたのかもしれない。こいつめ。
しかし,届くメールひとつとってみても,非常事態であることが感じられます。研究室からは「安否確認」のメールが届いていたし,福島の第一原発が爆発したので気をつけろと言って,会ったこともないサークルの後輩から全体メールが届いていたし。例の「コスモ石油」のチェーンメールも届きました。東京など,私の住んでいるあたりはけろっとしたものなのだが,それでもやはり大丈夫かと郷里の友人たちからメールが届く。私も発生時に西日本にいたのでわかるのだが,あちらにいると本当に信じられないのですよ。同じ日本とは思えないほど。
届いていたメールの中に,ロンドン留学中の先輩からのものがあった。先輩のご実家は東京で,お父様が帰宅難民になってしまった他被害はなかったとのことなのだが,「私一人ロンドンにいて何もできないのがとても歯がゆい」と書いてあった。西日本にあってさえそうなのだから,まして家族と離れて遠くヨーロッパにいたりすると,どれほど心配なことだろう。まして電話もメールも通じないことを考えると,恐ろしくて仕方ない。今日になって,津波で家族を全員亡くされた女性がニュースに出ていたが,「ひとりになってしまうの」と泣く姿は本当に,見られたものではなかった。その女性は当時,ひとりだけ仕事に出ていて無事だったとのことで,慌てて帰ってみると家が崩れていて家族は返事もしないということ。例えば留学していて実家のあたりが被災して,帰国してみたら家族が全員亡くなっていたとかだったらどうすればいいんだろうと思った。もっともこの被災者の方は,近くにいながら何もできなかったということで,その悲しみは遠くにいた場合の比ではないと思うのだが。