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抱きたいカンケイ

映画


非常に楽しい,そして久しぶりの,正統派ラブコメであった。
でもまぁ,女の方からセックスフレンドの関係を持ちかけることはやはり一般的ではないでしょう,そうは言ってもね,という感じで見ていたが,あーなるほどね。なるほどそういう予定調和か。ただしやっぱり,劇中でのアダムとエマの関係は,最初からいわゆる「セフレ」では絶対にないのである。だって生理痛に苦しんでいる女の子のもとを,カップケーキと「子宮にいいスープ」と自作の「生理リミックス(period remix)」CD('Sunday Bloody Sunday'とか'Bleeding Love'とかが入っている。ナイス選曲!)なんか持ってお見舞いに訪れたりしないでしょう,「セフレ」は。いや知らんけどさ。
そしてナタリー・ポートマン,今まで知的クール美女な感じの役が多かったように思うのだが,エマの役はとんでもなくかわいい。彼女は幼少のころに『ロリータ』のタイトルロールを「ポルノ映画に出る気はない」と断ったという逸話があり,そのせいもあってか今まで清潔感あふれる印象があったので,えっこの映画はいいんだ,と思ったのだが,この映画は確かにいいかもね。描かれているのは「男女対等なセックス」ですしね。ただ個人的には,「セックスを前にして男女は対等」という現代的な考え方には,全面的には首肯しかねるところがあるが。やっぱり女性の方がリスクは大きいでしょうし。
さらにアシュトン・カッチャーも,今まで何とも思わなかったのだが,かわいかった。何と言っても私は上述の「生理リミックス」のくだりが非常に気に入ったのである。ユーモアセンスも素敵。いくらエマにとっては単なる「セフレ」と言っても「嫌いではない」のは確かだろうし,私がエマなら,彼氏昇格であろうと思う……のだが,これはやはり「アシュトン・カッチャーだから」であろうか。実生活で彼氏(もちろんアシュトンではない)に「生理リミックス」を作られた場合,セクハラあるいはデートDVの咎で告訴も辞さないでしょうか。うーん。
セックスから始まる関係,あるいはセックスだけの関係というのは本当に成り立つのか?というのがこの作品のテーマになっていて,まぁそのへんは予定調和である。それにしても「セックスフレンド」「セフレ」という言葉のなんと直接的なこと。もっと他にいい呼び名はないものか。そういえば『やまとなでしこ』で桜子さんは,これをさらに略して「SF」と呼びならわしていた(「ずるずるSFになるのがオチ!」)。おお,これは掛詞的な感じでいいですね,おそらく『やまとなでしこ』ではそんな意図はなかっただろうが。「セックスフレンド」なんて所詮,サイエンス・フィクションですよ。