読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

山崎夫妻

読書

何とかなるさ!

何とかなるさ!

宇宙主夫日記 妻と娘と夢を追いかけて!

宇宙主夫日記 妻と娘と夢を追いかけて!

いわゆる「高学歴」・「夢を追いかける系」の女性として,山崎直子さんの人生は他人事に思えない。留学もしてるし。そんな会話を同窓の女友達とよくする今日この頃,ついに図書館で借りてしまった。当初の予定では直子さんの本だけ借りる予定だったのに,なるべく中立の立場から物事を見なければならないという研究者的意識から自由になれず,夫・大地さんの本も一緒に借りてしまった。そして読んだ。宇宙飛行士のキャリアパスやそれを支える家族の体験記という方に興味があったはずなのに,2冊を読み終えて最初の感想が,「認識の差というのはものすごい」ということであった。私は歴史認識とか叙述とかそういうものに興味があるので,なおさらそういう感想を持ったのかもしれない。夫婦間でこれなのだから,まして国家間なんて手に負えませんよ。歴史認識論争はまだまだ続くな,これは。
手記として面白いのは,大地さんの方だったかなと思う。直子さんの方は案の定というかなんというか,やはりちょっとよそ行きな顔である感じがした(大地さんとの対比でそう感じただけかもしれないが)。例えば夫婦間のすれ違いのことなどは,圧倒的に大地さんの方で多く紙面が割かれていた。直子さんも意識的に触れまいとしているのではなくて,あまりに辛かったので記憶が曖昧になっている面が多いというだけなのかもしれない。過去のことを振り返る時,よかったことと悪かったことのどちらに重点が置かれるかというのは人によって違うので。他にも一家のグリーンカード取得のことなども,大地さんによれば夫婦のすれ違いの大きな一因のひとつであったようなのだが,直子さんの方ではさらりとしか触れられていなかった。
この夫妻で面白いのはなんといっても,「普通」では夫が立っている立場に妻が立っているということで,しかもそれが「外で仕事をする/家で家事をする」という夫婦間の仕事の逆転であるという点にとどまらず,同じ分野の夢を追っているという点でも同じだということであろう。同業者間の結婚はそれなりに多いが難しいことも多いというのはよく聞くが,例えば大地さんの方で,直子さんが土井隆雄宇宙飛行士のクルー・サポーター・アストロノートに任命された時の話が挙げられていた。クルー・サポーターの仕事の中には,大地さんの長年の夢であったフライトコントローラーの業務も入っており,しかも土井宇宙飛行士のミッションのメインタスクが,これまた大地さんがどうしても携わりたい仕事であった「きぼう」の組み立てであったことを知り,大地さんは率直に「(自分の夢を)直子に奪われた」と思ったそうである。このエピソードひとつとっても,見方によれば,大地さんは器の小さい男ということになるだろう。でもこれを読んだ時私は,あまりのリアルさに戦慄が走るかと思った。最愛の人が自分とまったく同じ分野で圧倒的に自分よりも「上」であるというのは,もしかしたら大嫌いな人が自分よりも「上」であるということよりも,はるかに受け入れがたいことであるに違いない。先輩とお付き合いしている友達からもたまに聞くのだが,仕事の話になることはどうしてもあって,そういう時はどうがんばっても,彼氏と彼女という関係ではなく「先輩と後輩」という関係に戻ってしまう,しかし彼氏であるはずの人間から偉そうに(少なくともそのように見えるらしい)アドバイスをされたり「そんなことも知らないのか」などと言うような態度を取られるとものすごく腹が立つのだと。経験したことはないが,ものすごく理解できる。ましてこのお2人は夫婦なのだから,目の上のたんこぶのような存在が常に自分のいちばん近くにいるというのは,いかばかり壮絶な葛藤を引き起こすことであっただろうかと思う。
また,このような,プライベートがものすごくごちゃごちゃしていた中で訓練を続けた直子さんには,「大変なときに,よく訓練を続けられたね」という言葉をかけられることがよくあるそうである。しかし直子さんは,「訓練があったからこそ,大変な時期を乗り越えられたのだな,とも思う」と書いていた。これもその通りだなぁと思った。とかく「ワークライフバランス」というと,仕事は定時で上がり,プライベートも目いっぱい楽しんで,というようなプラスの側面ばかりが強調されがちで,つまり仕事の方が厳しいものと考えられがちである。しかし本当に精神的に厳しいのは,どちらかといえばプライベートがごたついている時なのではないかと思う。山崎夫妻のように離婚調停寸前の夫婦とかいうのではなくても,家族と喧嘩をするとか,恋人とうまくいかないとか。そんな時に仕事は逃げ場にもなりうる。そういえば私自身も,昔付き合っていた人から別れを告げられたのは卒論提出寸前の時期であったが,卒論と院試の勉強に逃げることでなんとか自分を保っていられたような思い出がある。そして「そんな時でも私はやるべきことをちゃんとやって院に合格した」ということが自信にもなった記憶がある。卑近な例で申し訳ないのだが。どちらかが辛い時に,どちらかが逃げ場になりうるという関係が,ワークライフバランス(アンバランスであっても)の基本になるんじゃないかと思った。
ところで,これを読んだ直後くらいに試しに検索してみると,Yahoo!知恵袋の質問と回答がいくつかヒットした。しかしそのほとんどが,とてもネガティブなものであった。しかも,だいたいの場合こうした女性に対する批判というのは男性から向けられることが多いが,女性(たぶん)によるものも多かったことに驚いた。「家族に迷惑をかけながら自分の夢を追いかけるなんて,同じく妻であり母として信じられない」とか「宇宙飛行士の夢をかなえられただけで十分だろうに,これ以上東大の研究員までやるなんて欲深い」とか。ここにとても書けないような下品な痛罵もあった。もちろんこういった意見は感情的で,はっきり言って聞くに値するものではないが,世間の風当たりの厳しさに目を瞠る思いであった。まだまだ保守的な意見が圧倒的なのですね。女性が革新的なことをやるというのは,予想以上に精神的負担が大きいことであるようです。私は神経が図太い方だと思うが,それでもこんなものを目にしたらショックで寝込んでしまいそう。2011年は全然未来ではなかった。
それにしても直子さんはせっかく東大の研究員でいらっしゃるのだから,キャリアパスとかについて直接お話を伺う機会はないものかしら。FREUTとかで呼んでもらえないのだろうか。FREUTについては会員としてリクエストとかできないかしら。ちょっと考えてみよう。