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努力の過程

つれづれ

私は決めたのです。まず何よりも,まっとうな時間に起きようと。それもこれもしばらく風邪をひいている間,睡眠の質が落ちていたため,昼夜逆転してしまったのである。おかげで風邪が治った今も,4時頃にようやく眠くなって,昼近くならないと起きられない始末。学生だからいいじゃーん,と言ってしまえばそれまでなのですが,これは私のアイデンティティの根幹にかかわることなのです。大学に入ってからというもの,早起きが苦でないということが,私の誇りのひとつであったのである(大袈裟なようだが)。月曜1限の第3外国語(フランス語)の授業にも毎回欠かさず出席していたし,今でも毎週1回は横浜の先生のお宅で9時から始まるピアノのレッスンを受けている。早起きは,ひとり暮らしの大学生だからと言って惰眠をむさぼることなく,きちんと自律した生活を送っているという証のひとつだったのである。しかも,私は特に寝るのが早い方でもないのだが,どんなに遅く寝てもちゃんと「朝」起きているということに自負を持っていたのです。それが今やこの体たらく。今日もとんでもない時間に目覚めてしまった。このままだと自分のことが嫌いになってしまうわ。だから決めたのです。明日こそはまっとうな時間に起きるのだ。
しかし嬉しかったこともひとつ。日曜日にアイルランド語教室があるので,予習をしようと教材を開いた。5月の教室は欠席してしまったので,さぞかし先まで進んだのだろうと怯えていたのである。でも照合してみると,私が3月頃までに予習していた範囲は,5月の教室を経てもなお余りあるものであった。ちょっと感動しました。勤勉ってすばらしい!プロテスタンティズムの倫理!なんでそんなにいっぱい予習していたのかわからないが,努力って報われるのね(ちっちゃいところだが)!おかげで今回の予習は結構余裕で済ませられそうである。
……ただし,いくら朝起きたり,予習を張り切ってやっていたとしても,それが何らかの実を結ばなければやってないも同じだということは重々承知しております。私の母校である高校の前には,「結果より努力の過程に褒め言葉」という標語の掲げられた立て札(高校が作ったものではなかったが)があった。皮肉なものである。先生方は口に出してこそ言わなかったが,うちの高校は少なくとも「努力の過程」よりは結果を尊ぶ学校であったことは間違いない。そしてまぁ,それが社会通念ですよね。はぁ,がんばろう。