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The Long Goodbye

余暇

美容院に行ったら,今月末で閉店することになったと告げられた。なんでもスタッフが少ないのに出張メイクアップの仕事が増える一方で,そうなると休業日を増やさざるを得ず,美容院としてやっていくのが難しくなったからとのこと。満2年通い詰めたところだったので,単純にショックです。わたしはこれからどこに髪を切りに行けばよいのか。どなたかわたしに尋ねてください,クオ・ヴァディスと。またしても日本への未練がひとつ消えてしまった。なにか大いなる力が,わたしの留学を後押ししているとも考えられるのだが,しかしそれにしたって断ち切られすぎである。
小6のとき,習っていたピアノの先生が急にドイツに移住することになってからというもの,わたしの人生こういうことばかりであった気がする。中3のときも,当時のピアノの先生が急に横浜へ引っ越すことになったのであった。おかげでわたしは,ひとが言い出しにくいことを―とりわけ別れを―切りだすときのトーンというものを,ものすごく敏感に察知できるようになってしまった。12歳から15歳の間に。思えばあれが,わたしにとっての「無常」体験であった。なにを大袈裟にと思われるかもしれないが,慕っている師匠が店じまい(?)するというのは,個人レッスンの場合は特に,大いなる衝撃であり絶望ですらある。先生にはまだ教わりたいことがあったのに,という。
でもご縁というのは不思議なもの,18歳でわたしも東京に来て,今の先生に再びピアノを教わることができるようになった。上述の,中3のときに横浜へ引っ越した先生である。途絶えたと思っていた関係が再びつながるとは予想もしていなかった。ドイツへ行った先生とも,今はたまにメールを交換したりしている。これも,お別れする時はインターネットなどまだまだ普及していなかったからメールなど考えもしていなかったのに,である。たぶん留学したら先生を訪ねると思います。ひょっとしたらまたピアノを教わることがあったりするのかもしれない。だから今回もまぁ残念ではあるけれど,ちょっとメイクの仕事に専念したらまたお店をできたらとおっしゃっていたし,もし実現したら必ずや声をかけてくださるだろうと楽観してもいる。
それにしてもわたしの場合,なぜ恋愛も同じように(ご縁があればまた何かあるでしょ,と)考えることができずにいつも思いつめるのか,不思議でならない。そのへんも含めて,シャブリエスケルツォ=ワルツ』のような,軽やかな女になりたいですね。軽い女,ではなくて。