読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

北海道へ行ってまいります

余暇

いきなりですが,月曜から金曜まで北海道へ参ります。ひとりです。女ひとりで北上,けして自殺じゃ御座いません。史料を求めて北海道大学へゆくのです。
なぜこんなことをわざわざ書くかと言うと,以前ひとりでホタルを見に行った話をこちらに書きましたら,それをお読みになったゆうこさんが,心優しくもパリで心を痛めてくださっていたのです。「やっちゃん大丈夫?なんか辛いことあった??ちょっと心配になった。」とわざわざメールまでくださりまして。わたくしは感動いたしました。もはやわたしが1人で好き勝手どこやかしこや出歩くことについて,誰も心配などしてくれやしないのに,彼女だけはわたしを繊細なひとりの乙女と考えてくださる。ひとみさんなど,「ホタル見に行ったんでしょ!ハハハハハッ!」とまぁ高らかに哄笑していたぞ。しかし,ひとみさんのリアクションが正しいのである。ですのでどうぞ心配しないでね。
それにしても惜しむらくは,これが初北海道だということである。大学1年のときにでも,友人と行っておけばよかった。今や友人たちにはそれぞれに北海道に負の思ひ出(管見の限りではたいてい,いや,すべて男絡み)を持っており,わたしがいくら「北海道に行きたい」と駄々をこねても「北海道はちょっと」と渋られるのである。おかげで初北海道がひとり史料調査になってしまった。見果てぬ夢を追いかけてついつい観光にうつつを抜かしたくなるかもしれないが,そんなときは「わたしは血税(科研費)でここへ来ている」と5回唱えよう。
そして北大といえば,わたしが敬愛して敬愛して溺愛して偏愛してやまない穂村弘先生ゆかりの地です。うわぁぁ。興奮していたらもうあと4時間半後には起きなければならない時刻になってしまった。それでは大好きな短歌を引用して,就寝させていただきます。

手術台でブルーベリーの口移しめざめるめざめるめざめるために

あ,大好きな短歌なんて引用したら,ますます興奮して眠れなくなるじゃないの。ではもうひとつ,今日のアイルランド語教室でわたしの担当だったところから,心に残った一節を。

Bhí sé chomh bodhar le sluasaid.

これを訳すと「彼はショベルのように何も聞いていなかった(He was as deaf as the shovel.)」。珍妙な比喩のように見えて,ちょっとばかり詩的であったりもします。確か『ノルウェイの森』で緑がワタナベに「あなたは鉄板みたいに無神経だ」と言う場面があったが,それを思い出した。