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人の世の 清き国ぞとあこがれぬ

余暇

計画通りに昨日で作業が完了したので,今日は空港へ向かう時間まで観光することができた。とはいっても『タビハナ』の奨励するスポットを忠実に巡っただけの,いわばオリエンテーリングのような観光であった。わたしはひとり旅をするといつもこのようになる。

まずはやっぱり,4日間お世話になりながら図書館以外の場所を見なかった北大をゆっくり歩いてみる。とりあえずクラーク先生胸像。ちなみにこのあと向かった総合博物館には北大の歴史展示があり,クラーク先生のことも詳しく展示されていた。クラーク先生が札幌を去る時の,とても有名なエピソード。見送りに来た生徒たちと握手をして「時々1枚でもいいから葉書をよこして近況を知らせるように」と言ったのち,Boys be ambitious!と叫んで馬にまたがってそのまま走り去り,生徒たちはその後ろ姿を見て滂沱の涙を流したというもの。なんという素晴らしいエピソード。これが後世の創作だのなんだのという人々は一言で言ってナンセンスである。そうしたエピソードが後世に語り継がれているということこそが重要なのであるとわたしは思う。

北大交響楽団による室内楽演奏会の立て看板を発見。へー,と思って見てみたら,なんか,軟派な(?)選曲である。中でも「けっぽ編曲 ポケモンメドレー」が気になる。「けっぽ」って誰?「スッペ」と似たような人?

北大総合博物館に到着。1時間ちょっとかけてじっくりゆっくり見学。とにかく展示品が多いので大変ではあった。マチカネワニの骨格と皮膚病のムラージュの展示が2大お気に入り。
企画展では「Lepidoptera チョウとガの世界」をやっており,ものすごい数の標本が並べられていた。ショパンの『蝶々』についてインスピレーションを得ようとするも,虫ピンに刺されて動かない蝶々や蛾ではなんとも。しかし東南アジアの蝶たちはやはり美しかった。そして山の中で生まれ育ったわたしにとっては,蛾は常に駆除対象であるため,蛾の造形美というものがよくわからない。したがって,どうしてヘッセ少年が友人からクジャクヤママユを盗みまでしたのかよくわからないのである(特にヤママユは接近して見ると怖い)。ただ体がほわほわと毛で包まれている様子は,見ようによってはぬいぐるみみたいかもしれない。わたしはそれが嫌なのだが。
博物館にはポプラで作ったチェンバロが置いてあった。いいなぁと思って見ると,「博物館スタッフによる演奏会」がたまに開催されているらしい。なぜ?なぜ,スタッフ?プロとかじゃないんだ?
そして博物館の出口には次のような注意書きが貼られていた。「○月×日ころ,構内△△で不審者が発生しました。……」違和感。この上ない違和感。少なくともわたしの考えでは,不審者は「発生」しない。「出現」するのである。いやでもどうだろう。19世紀まで菌類が自然発生すると考えられていたように,不審者も自然発生するという説があるのかもしれない。でも不審者に関しては白鳥の首フラスコで実験して証明するわけにもいかないし。

博物館を出たのちは新渡戸稲造先生にお会いしに行く。アポイントもなしで行ったにもかかわらず,新渡戸先生はにこやかにわたしを迎えてくださった。この人徳あふれ出る微笑みを見よ。

新渡戸先生の後ろにはポプラ並木。

それから北大を出て,時計台へ。なんでも「日本三大がっかり観光名所」のひとつであるそうな。そしてちょっと,それは否めない感じがした。なぜかというのはうまく言えないのだが,中の展示が建築様式の説明に偏りがちだったのがあると思う。
のちに調べてみると,どうもこの時計台がビルに飲まれていることが「がっかり名所」ランクインの主因であるそう。ああ,なるほど,だからこういう立て札があったのか。

ようこそ時計台へ!「時計台がこんなに小さいと思わなかった!」や「周りがビルだらけ!」などと言ってガッカリしたとの声もありますが,最初に建てられていたのがこの時計台で,190万人の大都市札幌の一等地に埋もれるような形になってしまいました!
(ビルが風雪から時計台を守っているという良い所もあります)

マシンガンのように連発される「!」に「がっかり名所」のひとつになってしまったことへの開き直りを感じるが(特に「なってしまいました!」),控えめに添えられた「(ビルが風雪から時計台を守っているという良い所もあります)」には感激した。おお,むやみに近代化を批判することなく,現実を受け入れてしかもその利点を見ようとする透徹したまなざし。リアリズムを超えて悟りの境地にすら至っている。

それから大通公園へ。ここに来るころすでに14時前くらいになっており,いい加減お腹もすいてきた。お昼は札幌ラーメンを食べようと思いながら公園を散策。

かわいーものを発見。ピーターラビットはもうちょっと人形を用意するとかできなかったものだろうか。

えっ,そんなこと言われても。「カラスの子育て中」と「後ろから襲ってくる」に因果関係が見いだせない。カラスに特にちょっかいを出さなくても,子育て中で苛立っているカラスが後ろから襲ってくる可能性があるということ?しばらく身構えて歩いてしまった。
しばらく歩いて,『タビハナ』に載っていた「らあめん千寿」の暖簾をくぐる。味噌を注文。実を言うとわたしはラーメンの中で味噌ラーメンが一番苦手なのだが,びっくりするほどおいしかった。なに,これ。これが札幌ラーメンの実力か。ついでこれも『タビハナ』に載っていたLe Annを訪ね,クスミティーとスコーンのセットをいただきながらしばし休憩。『タビハナ』巡礼と化す。

さて,そろそろホテルに戻って預けてある荷物を受け取り,新千歳に向けて出発しなければならない。駅方面へ向かいながら旧道庁へ寄り道。

わたしは黒田清隆,わたしは黒田清隆,と思いながら正面の階段を上る。いいですねぇ,近代建築。
羊が丘展望台とか旭山動物園とか,時間と同行者があればもっと回りたいところはあったのだが,ここで時間切れとなった。でも大変満足しました。ああ,史料調査の間はわたしをひとりにしておいてくれて,毎日の食事と観光だけに付き合ってくれる同行者がいたらなぁ,といつも夢想する。
この5日間よくがんばったし,疲れたし,あとは新千歳空港のラウンジでビールを飲みながらゆっくり本でも読もうと思ってちょっと早めにバスに乗ったのだが,着いてみると濃霧で離着陸が危ぶまれる状態。20時発の予定が,急遽19時の便に替えられることになった。ラウンジ滞在時間は30分。ばたばたとサッポロビールを注ぎ,PCを開いてメールを返信し,そして少しの間収穫した史料を見つめてニヤニヤするのが精一杯でした。十分か。