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Back to the future

余暇

今日はバック車庫入れと方向転換の練習。早いもので明日はもう検定です。相変わらず1日3回ペースでエンストをしていてエンストに驚かなくなってしまったほどなので,ちゃんと受かるか心配であります。でもクラッチの感覚がだいぶつかめてきました。先生にもだいぶ慣れたねと言われました!調子に乗ってギアを3速に入れようとしたら,案の定5速に入って車がガタガタ言っていたが。
ところでいきなりですが,たおちゃんのツイッターで話題になっていた葉山嘉樹『セメント樽の中の手紙』,恥ずかしながら読んだことがなかった(というか葉山自体読んだことがないかも)ので,青空文庫のページでささっと読んだのです。自分はやってないにも関わらず実は人様のツイッターを結構見ている粘着質な性格についてはまた改めてお詫びするとして(やですねぇこんな女),おお,確かに,これは中高時代に読んだらトラウマになるかも。なんというか,ちょっと違うかもしれないが江戸川乱歩人間椅子』を彷彿とさせるような作風。こんなに短いのにこの印象の強さ,『蟹工船』などもはや霞んでしまいますね。何がすごいって,恋人がセメントになったというその事実の描写は淡々としていながら,手紙の書き手である女工が「(恋人は)立派にセメントになりました」とか「此樽の中のセメントは何に使われましたでしょうか,私はそれが知りとう御座います。」とか「私の恋人は,どんな処に埋められても,その処々によってきっといい事をします。構いませんわ,あの人は気象の確かりした人ですから,きっとそれ相当な働きをしますわ。」とか書いているのが凄まじいですね。この,完全に歯車になってしまった感。一時期『蟹工船』ブームだなんてありましたけれど,蟹工船の船員たちに自分たちを重ね合わせて世の中を憂うことができている時点で,平和そのものですよね。現代の問題を投影だなんてちゃんちゃらおかしい。まぁ『蟹工船』自体,船員が一丸となって不条理に立ち向かう話ではあるし。たぶんプロレタリア文学の作家たちが本当に警鐘を鳴らしたかったのは,この『セメント樽の中の手紙』の女工のような,歯車となっていることに疑問も抱かず気づいてすらいない人たちに対してなのでしょうね。
それにしても「チェッ!やり切れねえなあ,嬶は又腹を膨らかしやがったし」とか「滅茶苦茶に産む嬶の事を考えると,全くがっかりしてしまった」とか,女性としてはその原因は御自分では……と言いたくもなるのだが,家族計画や産児制限と貧困の間にはとても密接な関係があるので,あまり調べずに感情でものを言うと近現代史をやっている人間としての無知がバレてしまう。そう考えてみると「彼は,細君の大きな腹の中に七人目の子供を見た。」という結びも,深く余韻を残しますね。妻が身ごもっているのは松戸にとってはまったく望みもしない子供(7人め),それが生まれようとしているということは彼にとって凶兆でしかないわけですよね。

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まったく意味が違うのですが,「恋人がセメントになる」「埋められる」で思い出した作品。女の子が好きそうなかわいいフランス映画かと思いきや,衝撃のラスト。