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半年と10年

つれづれ

今日で震災から半年,テロから10年,というのはマスコミが嫌と言うほど教えてくれているのだが,わたしはどうも「3・11(「さんてんいちいち」でも「さんいちいち」でも)」という言い方が好きになれない。半ば強引にも9・11に準えてセンセーショナルにしようとする意図が見え隠れしているというか。一瞬の抗えない力によって多くの尊い命が失われた日だったり,その日を境に価値観が大きく変わったりという点で確かに共通してはいるけれども,それでもやっぱり震災は震災だし,テロはテロであって,性質が違うはず。「3・11」なんて言わなくても,「東日本大震災」で十分伝わるじゃないか。関東大震災阪神・淡路大震災と同じく。
そうは言っても,だからマスコミはバカだの何だの,愚かしいマスコミ批判をしたいわけではないのです。むしろ,特に(地震直後もそうだったが)西日本にいたりすると,余震もなければ放射能の心配もそれほど喧伝されず,震災がどうしても対岸の火事になりがちであったので,マスコミにはずいぶんお世話になった気がする。西日本にいたせいでというわけでもないだろうが,今もどちらかと言えば非当事者意識の方が強くて,例えば大学で震災や原発関連の話題が上っても口をつぐんでしまったりする。安穏と暮らしているわたしには何も言う資格がないなぁと。しかし,口をつぐんでいられるのもおそらくは今だけであって,留学したりするにあたり,せめて原発のことくらい何か意見を持っておかなければならないだろうなと反省するようになった。そういうわけで最近は本屋に行くたびにちらちら探したりしているのですが,平積みされているようなのはとかく感情的な反対論ばかりで,なかなかいいものが見つかりません。
まぁでもわたしの場合,「留学するにあたり」考えなければならないのは,原発についての意見よりもアイルランド語よりも何よりも,まずは英語のことなのですが。よくよく考えたら前回のIELTS,ライティングとスピーキングが同スコア。ということはわたしが書いたエッセイは,試験後に落ち込んだほどの,あのしどろもどろスピーキングと同じくらいのレベルだということである。うわっ。