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からくれなゐに

余暇

先日,大変に美しいお名前の方とお知り合いになった。さっそく「素敵なお名前ですね」と申し上げたところ,百人一首由来のお名前なのだという。なるほど最近大人気の漫画の主人公と同じお名前であったが,ただし漢字が「早」ではなく「速」であった。この漢字があてられているところがますますいいなと思ったのである。百人一首はもちろんであるが,私はお名前を聞いてまず稲垣足穂一千一秒物語』を連想したのだった。悠久を思わせる「千」の字と,それとはいささか矛盾するような「速」の字の組み合わせ。千ではないけれど,夏目漱石夢十夜』の第一夜の終わり「『百年はもう来ていたんだな』とこの時はじめて気がついた」も連想させる。なんと幻想的。直接の由来であるという在原業平の歌にしても,「紅葉が竜田川を深紅に染めるこんな光景は神々の時代にも見られなかっただろう」という歌だし(それに燃える恋心を重ねたという説もあるが),「ちはやふる」の枕詞自体も崇高な荒々しさを表す言葉なので,それだけを考えても非常に神々しい。などなどと考え始めるとキリがなく,人様のお名前から勝手にイメージをふくらませて一人で悦に入ってしまった。
名前もそうだが,短歌や詩にしろ,音楽にしろ,作った人の意図はもちろん,その意図を越えてさまざまに想像が飛翔するような作品が私はとても好きである。特に名前については昔から気になるところだったのだが最近とりわけ執着すさまじく,初めて会う人のお名前を聞くやすぐに親御さんの思いやらこの漢字がどのように選ばれたのかやら,想いを馳せずにいられない。お名刺をいただいた際,真っ先に目が行くのがお名前の漢字である(はっきり言って肩書きなぞどうでもよろしい)。名刺をいただくのはまだラッキーな方で,普通口頭で名乗る際には名字しか告げないことも多いから,「あのう,失礼ですけれど,お名前は」と尋ねなければならない。しかもその際お名前の漢字まで教えてくださる方は稀なので,さらにそこから「どのような字をお書きになるんですか」と食い下がらなければならない。こういう事情で,レセプション会場などでの私は非常に不審である。その点海外の,特にアルファベットの名前などは非常に都合がいい。表意文字じゃないもの。あったとして守護聖人くらいである。
しかしそれにしても冒頭に書いた大変に美しいお名前の方,返す返すも素敵なお名前。ご本人とは「素敵なお名前ですね」「百人一首からとったみたいです」とだけしかお話ししていないのだが,私が様々に考えたことについて再びメールのひとつも差し上げたら,今度こそ不審きわまりないだろうか。