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吸血鬼とアングロ・アイリッシュ

つれづれ

Dracula

Dracula

節分→鬼→吸血鬼,というわけではないですが。
二次文献におもしろいことが書いてあった。アイルランドで吸血鬼文学が隆盛をみたのは,アングロアイリッシュの凋落と関係するのだそうだ。確かに,そういわれてみれば,『ドラキュラ』も『カミラ』もジャンルとしては「吸血鬼」(そもそもそんなジャンルはない)というよりゴシック・ホラーであって,ゴシック・ホラーと言えば大邸宅,大邸宅と言えばビッグ・ハウス,ビッグ・ハウスと言えばアングロアイリッシュ(の凋落)ですよ。ストーカーといいレ・ファニュといい,なんでアイルランドは著名な吸血鬼作家(というと彼らが吸血鬼のようだが)を輩出したのか,実はちょっと気になってはいたし,英語の授業の時に先生に聞いてみたりもしてみていた。その時得られた答えは「さぁ,ほらでもアイルランドって,特に冬になると陰鬱な感じになるし,吸血鬼って感じするじゃん」であった。それで何となく満足していた自分を責めなければいけない。なんといったって私の研究テーマは文化(文芸)復興でありさらに19世紀後半なのである。これ,現在並行して執筆させていただいているブログにもぜひ使いたいようなテーマなのだが,しかしこれを一般読者向けに書くとなると,まず「アングロアイリッシュ」のなんたるかを説明し,さらに「アングロアイリッシュの凋落」の原因とされる「国教会廃止」や「ホーム・ルール」,「刑罰法廃止」なども説明しなければならない。そしてさらにそれがなぜ吸血鬼文学と関係するのかについて,ゴシック・ホラーにおける舞台としての邸宅の伝統,さらにアイルランド文学におけるビッグ・ハウス小説群なども説明しなければならない。……ブログどころか論文くらい書けそうなので,もうちょっとよく考えよう。
そういえばゴシックといえば,日本で年末まで放映されていた(らしい)昼ドラ『幸せの時間』。最後の3回くらいだけフォローしていた(日本にいたのがそのあたりだったので)。夫の不倫をはじめとする様々な問題から成る家庭崩壊という,まぁ昼ドラのテーマとしては王道にあたるようなものを扱っていたのだが,その家族が欠陥住宅に住んでいる設定になっていたのはもっと評価されていい点であると思う。最終回,私は残念ながら見逃してしまったのだが,なんでもその欠陥住宅が崩れ落ちるという結末だったのだとか。おお,『アッシャー家の崩壊』。家庭をそのまま邸宅で象徴し,家庭内のモラル崩壊を邸宅の崩壊で描くという手法,これをゴシック・ホラーと言わずしてなんといいましょう。エロとかドロドロとかそういう紋切り型の文句だけで片付けられない。
……ああ,思想とか論理とか,空中戦って楽しい。ずっとやっていたい。
ちなみに吸血鬼だのなんだのは,私の博論の本筋はおろか傍筋(?)にも全く関係しません。一次史料を読もうと二次文献を読もうと,常に興味を惹かれるのは全く関係ないところというこの性分,いい加減にどうにかしたい。私にはあまり時間がなく,そしてあと数日のうちに博論の章構成を提出せねばならない身の上なのである。