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リサイタルとseparate spheres

音楽

ナショナルコンサートホールでお昼にピアノリサイタルがあるというので行ってきた。とはいえ今年に入ってからというもの,なぜだかものすごくコンサート運が悪い。まずは先月20日,自分への誕生日プレゼントも兼ねて,はるばるアムステルダムはコンセルトヘボウまで内田光子のリサイタルへ赴いてみれば内田光子は病気で欠演,おまけに翌日の帰りのフライトは大雪により欠航。シューマンシェーンベルクドビュッシー(確か)などという素敵なプログラムに胸躍らせて行ったのに違っていて,バッハのパルティータも私の心を癒すことはできなかったばかりか,代演の奏者が妙に個性的な弾き方をするものだからむしろ結構イライラした。次いで先週末,ヒュー・レーン美術館で無料リサイタルがあるのを知って出向いたのに,満席とかで入れなかった。立ち見でいいからと粘ったのに。無料とはいえこのリサイタル,ハイドンソナタ全曲演奏なんて小粋な試みなのである。そういうわけで今回も何かあるんじゃないかと冷や冷やしながら行ったのだが,予定通りリサイタルは執り行われた。それだけで幸せになれるなんて,私もずいぶん閾値が下がったもんである。
エリザベタ・イワノヴァというロシア人ピアニストのおねえちゃんは『ロミオ+ジュリエット』のクレア・デーンズを彷彿とさせるような笑顔の持ち主であった。ランチタイムリサイタルというリラックスした公演なのもあって,弾き始める前にあいさつを兼ねて曲目の紹介を軽くしていたのだが,ただでさえ緊張するときに(しないんだろうか)英語でスピーチなんて,なんという肝の据わり様であろうか。とわけのわからないところで尊敬の念を新たにする。
プログラムはスカルラッティから始まり,ラフマニノフプロコフィエフと続く通好みな感じであった。私はスカルラッティプロコフィエフが気に入ったのだが,どちらかを選べと言われたら圧倒的にスカルラッティだった。プロコがイマイチだったのではなく,スカルラッティが素晴らしかったのである。私がスカルラッティを偏執的に好んでいるという贔屓目は差し引いても(むしろ贔屓目があると評価が辛くなるか),こんなにキラキラしたバロックはひさしぶりに聴いた。弾いている彼女本人もとても楽しそうで,クラシックのリサイタルというよりもジャズのライブにいるような楽しい気分に(バロックをジャズに準えるこの陳腐な例え)。
ラフマニノフは彼女が冒頭のあいさつで「今度協奏曲2番をやるのでがんばって取り組んでいます」と話していたが,それもあってちょっと思い入れが強すぎたのかもしれない。特に楽興はただでさえ派手な部類に入る曲なので,個人的には(弾いたことがないが)感情は抑え目にさらっと弾いてちょうどいいくらいな気がする。プロコはスカルラッティのきらめきと好対照をなすパワフルさで,聴いていてとても気持ち良かった。さすがロシア人。
リサイタルとしてとてもよかったのだが,同時にやはり越えられない性差のようなものも思った。彼女は割と長身だったのだが,ラフマニノフやプロコになるとほとんど立ち上がるようにして弾いていた。無論力の強さが全てではないが,男性には大した苦もなくできることが女にはできないということが世の中にはいくらでもあって,それは寂しくも悔しくもあるがまた楽しくもある。