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心の外側をぐるりと周り戻ってきた

つれづれ

夏以来の調律で,またフランス人の調律師に来てもらった。海外留学中にピアノレッスンを受けてしかもフランス人調律師を雇うだなんて,これを「遊学」と言わずしてなんというのかという話であるが,少なくとも調律代は日本にいたときよりずっと安い(だいたい半額くらい)。問題は湿気でハンマーアクションがとんでもなく鈍くなってしまった(要はハンマーがふつう通りに戻らなくなった)ことで,元の状態に戻すためには400ユーロかかると言われた。でもここよりもっと湿気がちな日本にピアノを置いていたときだって,こんな風にはならなかったのだが(しかも私はその部屋で窓が結露するほど加湿器を回していた)。んー,とりあえずシリカゲル入れてみるわ,と言って保留にした。
そのあとは奨学金の関係で半年分の報告書を出さなければならなかったので,夜はずっとそれを書いていたのだが,非常に面倒臭い作業であることは確かとしても頭の整理になる。私は,いや私に限らずのことだとは思うのだが,たいてい報告書や申請書を書く際,

  1. 現在やっている/これからやろうとしている研究はこんな感じです
  2. なぜこんな研究をやろうとしているかというと,現行の研究には主に○点の問題があるからです(以下,問題を箇条書き)
  3. これらの問題を解決するためにとっている/とろうとしているアプローチは以下の通りです(以下,方法や史料について箇条書き):これによって「机上の空論じゃないですよ」ということを暗にアピール
  4. これによってこんな感じになる予定です

というきわめて簡潔な論理構造のものを作っているので,自分が今まで手当り次第やってきたと思ってきたことにひとつの筋道ができる。指導教官の面談も含め,迷子になりがちな博士課程の研究において,これは非常にありがたいことである。
実は数か月間スランプで,何をやっても何を読んでも面白そうなことが一向に見つからず(断片的にはもちろん見つかるのだが),なのに指導教官たちには章構成を提出しなさいと言われており,絶望から現実逃避ばかりしていたのだが,ようやく常態に戻りつつある。私はいったい今まで何をやってきたんだろうと遡りに遡って考えては暗澹たる気持ちになっていたのだが,ちょっとしたきっかけでもとに戻った。何よりもうれしかったのは,今までやってきたこととつながるポイントが微かに見えたことと,また今まで読み散らかしてきたものたちの中に活用の道が見えてきたものがでてきたこと。もしかしたらこれも砂漠で見る蜃気楼のようなものかもしれないが,よかった,私は後戻りしていたのではなかったと思えたのがしみじみうれしかった。前を向いて元気よく歩いていたのでは絶対になく,立ち止まっていたと思っていたのだが実はそうでもなく,後ろ向きに足を動かして(知らないうちに)前に進んでいたというのがたぶん正しい。日本のピアノの先生が非常勤先の大学で,少し精神的な問題を抱えた学生に対して「前に進めないときは立ち止まってもいいから,後ろに戻らないことよ」と言葉をかけたという話を聞いたとき,私はこの先生の弟子で本当によかったと思ったものだが,ちょっとそれを思い出した。同時に,今度からスランプに陥って前が見えなくなったときは,とりあえず手を止めることだけはせずに手当り次第二次文献を読もうという実践的な教訓も得た。